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■ 闇の恋情

その日着る服くらい自分で選べるのだけれど、妹がほしかったの!と目を輝かせる桃井さんに押し切られたため服選びは彼女にお任せしている。

「赤司くんがかえでちゃんに用意した服、ふわふわのワンピースばっかり」

おかしそうにそう言いながらベッドの上に服を並べていく桃井さんを背に窓から外を眺める。今日はとてもいい天気だ。ここに連れて来られてから天気に関心を向ける余裕なんてなかったけれどどういう心境の変化だろう。ここでの生活に一応の終わりを見つけられたからだろうか。

「かえでちゃん」

服を選び終えたらしい桃井さんに呼ばれて振り返ると、彼女はにこりと笑って首を傾げた。

「外、出たい?」
「…いいんですか?」
「森は危ないから庭までしか出してあげられないけど、外に出たがっているなら出してやれって赤司くんが」

あの人は私をここに無理矢理連れて来た人なのに。酷い人なのだと思えば明らかに自分が不利な約束を結んだりこうやって気を遣ってくれたり、よく分からない人だ。
とりあえず外に出てもいいと言うのならお言葉に甘えて外の空気でも吸ってこよう。手早く着替えを済ませた私は、久しぶりの外に心を躍らせながら玄関の扉を押し開けた。





「かえで」

優しい声が私の名前を呼ぶ。振り返ると、シンプルな日傘を差した赤司さんが手招きをしていた。

「敦がお茶を淹れてくれたから、あの木陰でお茶にしないかい?」

あの約束をしてから赤司さんは本当に血を口にしていないらしい。昨日の夜部屋に夕食を持ってきてくれた黄瀬さんが心配そうに零していたのを知っている私としてはそのお誘いを突っぱねることができず、小さく頷く。そんな私を見て赤司さんは驚いたような顔をした。

「誘っておいてなんだけど、断られると思ったよ」
「…貴方が約束を守ってくれているみたいだから、私も少しだけ貴方を信じてみようと思っただけです」

それに黄瀬さんから、赤司さんのことをもっと知ってあげてって言われたし。
その呟きが赤司さんに聞こえていたかどうかは定かではないけれど、赤司さんは嬉しそうに笑って私に手を差し出した。


***


吸血鬼は夜の生物だ。人間よりもあらゆる面で優れる代わりに日光に嫌われる。
そんな吸血鬼にとって基本中の基本を無視してかえでと過ごしたいがために昼間に外にでた僕を待っていたのは、激しい頭痛とテツヤからの説教だった。

「分かった、分かったから寝かせてくれないか?頭が痛いんだ」
「自業自得でしょう。真昼間に外になんて出るからです」

ソファーに横になった僕に呆れたようにそう言いながら、テツヤはジャケットを脱いでシャツの袖を捲り上げる。日焼け知らずの真っ白な肌が暗闇の中でぼんやりと浮かび上がった。

「どうぞ」
「……いや、いい」
「は?」
「いらないと言っているんだテツヤ。今日はいらない」
「今日はって…。君、かえでさんが来てから一度も血を口にしていないでしょう。一度だけ錠剤は飲んだみたいですけど、そんなものじゃ体が持ちませんよ?今日だって本当なら寝ている時間に無理して外に出たくせに」
「…お前はいつまでそのネタを引きずるんだ」

ソファーから起き上がるのも億劫で、血を吸えと誘惑するテツヤの腕から視線を逸らす。しばらく僕を見つめていたらしいテツヤは呆れたように息を吐いて捲り上げたシャツを手首まで下ろした。

「強情ですね」
「何とでも言え。僕はかえでに誠意を見せたいだけだ」

僕がたった一ヵ月の間血を我慢すればかえでからの信頼が得られる。逆に我慢できなければかえでは二度と僕の元には戻ってこないのだ。

「僕はかえでを手に入れるためなら何だってするよ」

だって僕は血が欲しいんじゃない。かえでという存在が欲しいのだから。

title/秋桜


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