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■ きみのためなら

背後で扉が開く音がした。それは少し大きめな音だったけれど特に気配を探る気にはならなくて、チェス盤をじっと見つめながら片手で駒を弄ぶ。ノック音が聞こえなかったしおそらくついさっきこの部屋から出て行ったテツヤだろうと。深く考えず一人でチェスに興じていた僕の向かい側に、誰かが静かに腰掛けた。

「………っ」

そこで初めて、目の前に座る誰かがテツヤでも他の誰でもないと知る。視界の隅にちらつく白い布に心当たりなど一つしかなく、信じられない気持ちのままゆっくりと顔を上げた。しかしかえでの視線が注がれていたのは僕ではなく、僕とかえでの間に置かれているチェス盤だった。

「……なぜ、」

自分が思っているよりも僕は動揺しているらしい。自分の口からこぼれたのは何とも弱々しい、掠れた声だった。

「証明してください」

貴方が私をここに連れてきたのが生贄とかそういうのと関係ないというのなら、証明して。
チェス盤から顔を上げたかえではまっすぐな視線を僕に向けてそう言った。
ああそうだ、この目だ。僕はこの目が好きなんだ。軽蔑も畏怖も恐怖も憎悪も何も孕んでいない、ただまっすぐなこの目が。
僕はこの目に惹かれてあの日、この子とまた会う約束をしたのだ。

「…じゃあ約束しよう。僕は今日から一ヵ月間血を飲まない。君だけではなく他の誰の血も、一滴も口にしない。もし僕がこの約束を違えてしまったら、君を村に返してあげよう」

真太郎あたりが聞いたら無謀なことはするなと怒るのだろう。だがこの部屋には僕とかえでの二人きり。咎めるものは何もなかった。
そこまでするかと言わんばかりの顔をするかえでに、一つだけ、と条件を付け加える。

「吸血鬼は血を摂取しないと生きていけないんだ。だから一週間に一度だけ、血液と同じ成分を含んでいる錠剤を口にすることを許してほしい」

しばらく無言で見つめていたかえでが、ゆっくりと首を縦に振った。
この子を手に入れるための、最初で最後の一度きりのチャンス。これをふいにするほど僕は愚かではない。
差し出された小指に自分の小指を絡めて、約束だと小さく呟いた。

title/サンタナインの街角で


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