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食堂でお昼を食べていると、突然ヒカリちゃんが「あっ」と声を上げて私の頭上を見上げた。何だろうと振り返るよりも先に、ポンと頭に手が置かれる。

「あ、二宮さん。こんにちは」
「ああ」

私を見下ろす二宮さんはどこか硬い表情をしている。何かあったのかと尋ねようとしたけれど、それよりも先に咲菜、と名前を呼ばれた。

「……今度の日曜日は、暇か?」

言われたことを理解するまでだいぶ時間を要した。ヒカリちゃんから小声で咲菜!と窘められるまで、私は間抜けな顔で二宮さんを見上げていた。





台無しハイヒール





二宮さんにデートに誘われたのは私だったのに、私よりも気合いが入っていたのはその場に居合わせたヒカリちゃんだった。ヒカリちゃんは鋼くんのときみたいに家までやってきて洋服を選んでくれた。特に勧められたのは去年の秋頃に鳩ちゃんと色違いで買ったスカートだった。

「子どもっぽく見えないかなあ」
「何でだよ。普通に可愛いじゃん」
「うーん…」

ヒカリちゃんが私の背中を押して鏡の前に立たせた。買ったときも思ったし、ヒカリちゃんが言ってくれたようにこのスカートはたしかに可愛い。可愛いけど、だけど……。

『山室ちゃんはどう思う?』

あの日二宮さんの隣でにっこり笑っていた加古さんの姿が、脳裏にこびりついて離れなかった。
せっかく選んでくれたヒカリちゃんには申し訳なかったけど、ブラウスの上からカーディガンを羽織って、スキニーを穿いて行くことにした。加古さんみたいな格好をしたって大人の女性になれるわけじゃないのに。





日曜日の朝、午前10時。約束の時間ぴったりに我が家のインターホンが鳴った。玄関を開けるとかっちりした私服を着た二宮さんと目が合って心臓が跳ねる。

「お、おはよう、ございます」

緊張しているのがバレないように気を付けたけど声が完全に裏返っていた。だけど二宮さんはじっと私を見つめたまま何も言わない。二宮さんが私の私服に対して感想を言ってくれるわけがないと分かってはいたけど、そんなにまじまじと見られるとどこか可笑しかっただろうかとさっきとは違う意味でドキドキした。

「な、なにか変…?ですか?」
「いや、目線が…」

二宮さんが怪訝そうな顔でそう言った。それからふと視線を落として眉間に皺を寄せる。

「…そんな加古みたいな靴で足を痛めたりしないのか?」

心臓が口から飛び出すかと思った。加古さんを意識しているのがバレたのかと鞄を持つ手が震える。だけど二宮さんは純粋に私が足を痛めないか気遣っただけらしく、私が大丈夫だと言い張ると何も言わなかった。



「だから足を痛めないのかと言っただろう」

二宮さんが呆れたようにそう言った。不甲斐ないのと恥ずかしいのとで顔を上げられず、私は小さく「すみません」と呟いた。
二宮さんが危惧した通り、加古さんを意識して履いていたヒールで段差を踏み外して思い切り足を捻ってしまった。出掛けてからまだ一時間も経っていないのに。
背伸びなんてするんじゃなかった。勝手に加古さんを意識して、慣れないヒールで歩きまわって怪我をして、二宮さんに迷惑を掛けて。こんなことなら大人しくスニーカーで来ればよかった。
ベンチに座ったままピクリとも動かない私を見て二宮さんが溜め息を吐いた。思わず肩が跳ねたけど、二宮さんは気付かなかったのか汚れることも気にせず地面に膝を付く。必然的に二宮さんの顔が視界に入ってしまってじわりと視界が歪んだ。

「今日はもう帰るぞ」
「い、いやです…!まだ歩けます!」
「その足でどうやって歩くつもりだ」
「と…トリオン体になるので、」
「咲菜」

鞄からトリガーを出そうとすると二宮さんに鼻を摘ままれた。思わずぎゅっと目を瞑ると、鼻から離れた手がぐしゃりと髪を掻き乱す。

「帰るぞ」
「…………はい」

二宮さんに促されるまま、私はこちらに背を向けた二宮さんの首に腕を回した。二宮さんの背中は大きくて、頭がくらくらするくらいいい匂いがする。背負われていることよりも大好きな人と密着していることが恥ずかしくなってきて、私は二宮さんの首に回した手にきゅっと力を入れた。

「……スカートにしなくてよかった」

スカートやワンピースなんかを着ていたらおんぶなんてしてもらえなかった。高校生にもなって、しかも好きな人におんぶされるなんて、恥ずかしいことこの上ないけど。二宮さんに迷惑掛けちゃったけど。それでも不謹慎だけどちょっと、嬉しいなあと思った。

「…………のときは……、に」

不意に二宮さんが何かを口走った。本人も無自覚だったのかその呟きはかなり小さくて、ちょうど通りすぎたトラックのせいで何も聞こえない。何ですか、と聞き返したけど二宮さんは何でもないと言って私を背負い直した。



「着いたぞ」

二宮さんがそう言ってゆっくりと私を背中から下ろした。足元に気を付けろと付け足されたけど、自分がハイヒールを履いていたことをすっかり忘れて地面に足を付いたせいで、バランスを崩して思い切り二宮さんの背中にダイブしてしまった。

「わ、ご、ごめんなさ……っ」

慌てて離れようとした拍子に痛めた足首に体重を掛けてしまい、後ろに倒れそうになったけど、こちらを振り返った二宮さんに腕を掴まれて事なきを得た。頭上から降ってきた溜め息に怒られるのかとぎゅっと肩を竦めたけど、溜め息の次に降ってきたのは二宮さんの大きな手だった。

「次はスカートと履き慣れた靴で来い」
「えっ」
「おまえが何を思ってそんな格好をしたのかは知らないが、村上と出掛けていたときはもっと……」

二宮さんはそう言い掛けて、ハッとしたように口をつぐんだ。気まずそうに視線を逸らすと、誤魔化すように私の足に視線を落とす。

「ご両親にきちんと手当てしてもらえ。酷いようなら病院に行くんだぞ」
「は、はい」
「俺はもう帰る」

二宮さんは私を言いくるめるように早口に捲し立てると、私が何かを口にする前にさっさと帰ってしまった。二宮さんの背中が通りの向こうに消えたあたりで、わざわざおんぶしてまで連れて帰ってきてもらったんだからお茶でも飲んでいってもらえばよかったと後悔した。

……もしかして二宮さんも私と同じ気持ちだったのかなあ。

title/twenty


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