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呼び止めたのは自分のくせに、いつまでもまごついているせいだろう。眉間に皺を寄せて怪訝そうな表情を浮かべた二宮さんは、それでも「早く要件を言え」なんてせっつくことはなかった。

「あ、あの…っ、ま……ま……ま、さ」

恐らく二宮さんは、私が何を言おうとしているのか気付いたらしい。期待したのか、驚いたのか。二宮さんの心中は分からないけれど、微かに見開かれたその目を見て頭が真っ白になった私は、思わず意味の分からない質問を投げてしまった。

「ましゃちゅーせっちゅしゅーってアメリカのどの辺ですか!?」

しかも思い切り噛んだ。死にたい。





要するに言葉の羅列





理由はよく知らないが、男子たちの間でポーカーが流行っているらしい。たぶん「ロイヤルストレートフラッシュ!」とか、格好良く叫びたいだけなんだと思うけど。実際に蔵内くんがそう言ったとき、荒船がかなり羨ましそうな顔をしていたし。
最初はルールが分からず見学していたけれど、手札を見て一喜一憂するみんなを見ていたら私もやってみたくなって、ゾエや鋼くんにルールを教えてもらいながらゲームに参加することにした。そのうち誰が言い出したのか「罰ゲームを付けよう」なんて話になり、「最下位が一位の命令に従う」というルールが設けられ。

「じゃあ二宮さんのこと、名前で呼んでこよっか」

一位になった王子は楽しげにそう言って、最下位の私に満面の笑みを向けた。



こうして冒頭に至る。



「ニノさん可哀想だったよね。あの何とも言えない表情…」
「期待しただろうな、確実に」
「そりゃあねえ、彼女が自分の名前を呼ぼうとしてくれてるって気付いた途端にアレだもん…。ないわあ…」

ソファに突っ伏して落ち込む私に、誰一人として励ましの言葉を掛けてくれる人はいなかった。グサグサと突き刺さる言葉にぐうの音も出ない。バカバカバカバカと、語彙力の欠片もない罵倒の言葉が頭の中を埋め尽くしていた。
ちなみに私のバカみたいな質問に対し、二宮さんは冷静に「…大西洋側だ」と答えてくれた。あからさまにガッカリしたようなあの表情はしばらく忘れられそうにない。

「落ち込んでるところ悪いけど咲菜ちゃん。罰ゲームなんだからしっかり遂行してもらわないと」
「他の罰ゲームに変えてください王子様……」
「匡貴さんが言いにくいなら匡さんでもいいけど」
「何この王子めっちゃ鬼畜」

再度罰ゲームに挑戦するため、のろのろとソファから身を起こす。二宮さんの元へ向かう前に、先程からケタケタと笑い続けている当真とカゲの脛に無言で蹴りを入れた。





まさたかさん。まさたかさん。まさたかさん。
二宮隊の作戦室の扉の前に突っ立ったまま、私は何度も何度も、同じ単語を口の中で転がした。
別に、異性の名前を呼ぶことに抵抗があるわけではない。鋼くんやユズルのことはずっと下の名前で呼んでるし。罰ゲームが二宮さんではなく、カゲを下の名前で呼べ、とかだったら、私は何の抵抗もなくカゲの名前を口にしただろう。
だって、ずっと名字で呼んでいた彼氏を突然名前で呼ぶなんて、恥ずかしいじゃないか。

「……い、嫌じゃない、よね…?」

誰に言うでもなくそんな独り言を呟いて、私は扉をノックするために握りしめた拳に視線を落とした。よくよく思い返してみると、私が知る限り、二宮さんのことを下の名前で呼んでいる人は一人もいない。二宮さんが一番心を許しているであろう、あの東さんですら名字呼びなのだ。
…もしも。もしも二宮さんが、名前で呼ばれるのが嫌だったらどうしよう。
思考がそこまで思い至って、握っていた拳を解いたそのとき。タイミング良く目の前の扉が開いて、私は反射的に顔を上げた。

「っ、」
「……いつまでそこに突っ立っているつもりだ」

私を見下ろす二宮さんの表情はいつも通りだった。先ほどの落胆したような表情ではないことに安心して、私はほっと息を吐く。
嫌なわけ、ないじゃないか。私が名前で呼ぼうとしたことに気付いて期待して、呼ばれなくて落ち込むようなこの人が。本当に嫌だったら、普段ポーカーフェイスなこの人が、あんなガッカリした表情を見せるはずがない。

「二宮さん、お願いがあるんですけど…」

再びもじもじしてしまいそうになるのをぐっと堪えて、二宮さんを真っ直ぐ見つめる。顔が熱いから、もしかしたら真っ赤になっているかもしれない。震える唇を一度強く噛んで、私は再び口を開いた。

「ちょっと、お耳を貸してください」
「は…?」
「あのおバカさんたちに聞かれたくない話があるんです」

チラリと廊下の奥に視線を向けた二宮さんは、物陰に隠れてコソコソしている「おバカさん」たちに気付いたらしい。呆れたように溜め息を吐いて腰を屈めた二宮さんの耳元に、私は勇気を振り絞って唇を寄せた。

「……まさたかさん」

内緒話のように、吐息と共に吐き出した単語は、二宮さんの余裕を十二分に崩してしまった。耳元を押さえて唇を震わせた二宮さんの表情は、一生忘れられそうにない。

title/twenty


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