「あれ、咲菜ちゃんそんなキーホルダー付けてたっけ?彼氏からのプレゼント?」
なんて、二宮さんの過剰反応を期待してそんな言葉を掛けてみる。予想通り二宮さんは思い切り顔を顰めたけど、咲菜ちゃん本人は「可愛いでしょ?」と嬉しそうに笑った。
「鳩ちゃんと揃いなんだー」
咲菜ちゃんと鳩原は本当に仲が良い。それこそ二宮さんが鳩原に対してつまらない嫉妬心を抱くくらいには。
さまよう恋金魚
部屋の空気が悪い。作戦室に窓がないから換気ができない……とかではなく、二宮さんが纏うオーラが、ドロドロとしたひどく鬱陶しいものなのだ。
これは一日中この調子かなあ。なんて考えながら問題集を捲る。と、向かい側に座っていた辻ちゃんが無言でノートを滑らせてきた。ノートの隅に一言、「二宮さん、どうしてあんなに不機嫌なんですか?」と書かれている。
ちらり、二宮さんがこちらに注意を向けていないことを確認して、オレは辻ちゃんの文字の下にシャーペンを走らせた。
「二宮さんが咲菜ちゃんを映画に誘ったんだけど、鳩原と約束してるからってフラれたんだよね」
手元に戻ってきたノートに視線を落とした辻ちゃんが呆れたような顔をした。それからまた何かを書いて、オレの方に傾ける。
「二宮さんがあの状態なの、鳩原先輩は知ってるんですか?」
「もちろん。鳩原は二宮さんに気を遣って二人で行けばって言ったんだけど、咲菜ちゃんは鳩原の方が先に約束してたからってすっぱり断っちゃってさあ」
「山室先輩ってそういうとこ律儀ですよね」
辻ちゃんが書き綴った文字に深く頷く。好きな人からのデートのお誘いなんだから素直に受け入れたらよかったのに。鳩原だって二宮さんと二人で行ってこいって言ったのに。
咲菜ちゃんって恋愛と友情なら友情を選んじゃうタイプかなあ。なんて思いながらふと二宮さんの方に視線を向けたそのとき。するりと手元からノートが抜き取られた。辻ちゃんが「あっ」と焦ったような声を上げる。いつの間に移動してたんだか、オレの真後ろにいた二宮さんが、しかめっ面を浮かべてオレたちの筆談に視線を落としていた。
「あ、あのぅ……」
機嫌を窺うために二宮さんの顔を覗き込む。別に二宮さんの悪口を書いていたわけじゃないけど、めちゃめちゃタイムリーな話題だし。二宮さんの機嫌の悪さは継続中だし。
これは絶対怒られるな。早いうちに謝っとくか。
「二宮さんあの、すみませ」
言い終わる前に、二宮さんのポケットから着信音が聞こえた。
「あれ、二宮さんはどこに行ったんですか?」
作戦室の悪すぎる空気に耐えられず、早々にラウンジに避難していたひゃみちゃんは、作戦室に戻ってくるなりそう言って首を傾げた。
「デートだって」
「……山室先輩がいるのに」
刺々した声でそう言ったひゃみちゃんは、二宮さんが加古さんあたりと出掛けたと思ったんだろう。本人に読まれたんだからもう意味はないのに、辻ちゃんは筆談の痕跡を消すのに一生懸命でひゃみちゃんに返事を返す余裕はないらしい。
「うん、だからデートだよ。咲菜ちゃんと映画観に行くって」
「え?だって山室先輩、今日は鳩原先輩と出掛けたんじゃ…」
「鳩原が咲菜ちゃんを言いくるめたみたいだよ?急用が出来たっていきなり帰っちゃったから何事かと思ったけど、そのあとすぐに鳩原が戻ってきてさ。映画は二宮さんに譲ったって」
鳩原も苦労するよねえ、なんてぼやくと、ひゃみちゃんもそうですねと深く頷いた。
咲菜ちゃんと二宮さんが両片思いなのは、二人と少しでも交流がある人間なら誰でも知っていることだ。知らないのは当事者である本人たちだけ。咲菜ちゃんがあんなに懐いているのは二宮さんだけだし、二宮さんがあそこまで優しくするのも咲菜ちゃんに対してだけなのに。
「まあほら、鳩原が頑張ってくれたおかげで夜の防衛任務までには二宮さんの機嫌も直ってるだろうし?だからもう気にしなくていいよ、辻ちゃん」
未だに消しゴムを手離さない辻ちゃんから、オレはやんわりとノートを取り上げた。
title/秋桜
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