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鳩ちゃんと男の人が一緒に歩いていた。だけど聞こえていないのか、無視されているのか、私がどんなに呼んでも鳩ちゃんは振り返ってくれない。

「鳩ちゃん!!」

走り寄って手を掴んだ。そこでようやくこちらを振り返ってくれた鳩ちゃんは、少しだけ目を見開くと、小さく首を傾げた。

「……誰?」





君を悲しませた犯人





「山室?」

東さんと大学の話をしていた二宮さんの隣でぼんやりしていたら、不意に東さんに顔を覗き込まれた。東さんから顔色が悪いと指摘されて、思わず両手で頬を抑える。

「気分でも悪いのか?ごめんな、気付かなくて」
「いえ、あの…別に体調は」
「早く帰ってゆっくり休むといい」

まだ二宮さんと話すことがあっただろうに、私を気遣った東さんはすぐに踵を返して立ち去ってしまった。体調不良なんかじゃないのに。そんなに酷い顔色だったのかな。

「悪い咲菜、体調が悪かったのか」

二宮さんにまでそう尋ねられて、私はぶんぶんと勢いよく首を横に振った。

「元気ですよ!ただちょっと嫌な夢を見てしまっただけで…」
「夢?」

墓穴を掘るとはまさにこのことだ。私は慌てて口を噤んで、「何でもないです」と呟いた。
どんな夢を見たのかと二宮さんに聞かれたけど、私が忘れたと言い張ったためか、二宮さんはそれ以上追求してこなかった。



てっきりもう帰るのだろうと思っていたのに、「行くぞ」の一言で二宮さんが私を連れて行った先は、二宮隊の作戦室だった。どうしてわざわざ作戦室に戻って来たのだろう。なんて思ったのは一瞬だけ。

「で?」

私の「忘れた」という言葉で二宮さんが納得するわけがなかった。そう思い知らされたのは、二宮さんが手ずから作ってくれたカフェオレが私の前に置かれたときだった。

「どんな夢を見たんだ」

二宮さんはきっと、私が見た「嫌な夢」に誰が出てきたのか、気付いている。
嘘を吐けばよかった。幽霊に追いかけ回された夢だとか、テストで当真以上に悪い点数を取った夢だったとか。適当に酷い内容を言っておけば、二宮さんだって引き下がってくれたかもしれないのに。
二宮さんの顔を見上げることができず、カフェオレに手を伸ばさない私に、二宮さんはいつもと変わらない調子で言った。

「鳩原か」

二宮さんの口からその名前が出て、私は思い切り肩を揺らした。はあ、と頭上から二宮さんの溜め息が聞こえる。

「何度言えば分かる。あいつが消えたのはおまえのせいじゃないと言っただろう」
「……そう、です、けど」

カフェオレから立ち上る湯気を見つめながらもごもごと言い淀む。無言の時間がたっぷり続いたあと、二宮さんは再び大きな溜め息を吐いた。

「……鳩原がどこに行ったか、知りたいか?」

思わず「え、」と声が漏れた。顔を上げた先に見えた二宮さんは、何だか物凄く、何かに耐えるような顔をしていた。

「話してもいいが、約束して欲しいことがある」

今から話すことは上層部と一部の隊員しか知らない機密事項だから誰にも言わないこと。特にユズルには、口が裂けようが滑ろうが、絶対に言ってはいけない。
それからこの話を聞いても絶対に、鳩ちゃんの真似をしたり、追いかけたりしようなんて、思わないこと。それから。

「俺の前から居なくならないと、約束しろ」

二宮さんの言葉と強張った表情に、私は小さく頷いた。今声を出したらたぶん、上擦った変な声が出る。



***



鳩原失踪の件について、俺が今までに調べ上げた情報を要約して伝えると、咲菜は目元を手で覆ってしばらく黙り込んでいた。泣いているのか、それとも突然知らされた事実に頭が追い付かないのか、判断が付かない。

「…大丈夫か」

犬飼や東さんならこういうとき気の利いた言葉の一つや二つ掛けられるのだろうが、そういった言葉は何も思い浮かばない。大丈夫かという問いの後も、咲菜はしばらく何も言わなかった。

「……もっと、」

もっと早く、言ってくれればよかったのに。
ようやく口を開いた咲菜は掠れた声でそう言って目元から手を離した。泣いているのではと危惧した咲菜の目には涙こそ浮かんでいたが、雫が零れ落ちることはなさそうだった。

「ほんっと、ばか…」

それは近界に密航した親友に向けたものか、今まで事実をひた隠しにしてきた俺に向けられた言葉だったのか。もしかすると親友の計画にちっとも気が付かなかった自分に対してだったのかもしれない。咲菜の表情からその言葉の真意を読み取ることは出来なかったが、ようやくカップを手に取った咲菜が「冷めちゃったかなあ」と呟いたので、俺はカフェオレを温め直すために立ち上がった。

「ありがとう、二宮さん」

カップを取り上げる俺を見上げた咲菜はいつもよりスッキリした表情で、目にはもう、涙は浮かんでいなかった。

title/曖昧ドロシー


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