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※ifです。影浦夢なので二宮は出てきません。










鳩ちゃんがいなくなってから初めて行われた狙撃手合同訓練の日。ユズルは狙撃場に来なかった。サボりだった。





冷たい刃の優しさ





「これからみんなで夕飯食べに行こうかってヒカリちゃんと話してたんだけど、ユズルも行くよね?」

ゾエにそう声を掛けられたユズルの顔には、はっきりと「面倒くさい」と書かれている。だけどゾエは怯むことなく「今日は特別にゾエさんが奢っちゃうぞー」とにっこり笑った。

「どうせカゲさんとこのお好み焼きでしょ」
「うん。え、嫌だった?」
「……嫌じゃない」

そう言ってユズルがのそのそと立ち上がる。帰る支度を始めたユズルは、不意に荷物を纏める手を止めると顔だけをこちらに傾けた。

「咲菜さんは行かないの」
「えっ?あ、うん。明日英語の小テストあるから勉強しないと」
「ええー、咲菜ちゃん行かないの?」
「ごめんごめん。また今度誘って」

ユズルが何か言いたげに私をじっと見つめている。居心地の悪さに、「なあに、私が行かないと寂しいの?」とおどけたように首を傾げた。そうすればユズルがそれ以上追求してこないと知っていたから。

「……別に」

案の定ユズルは何も言わなかった。





ここ最近ユズルの元気がない。それが鳩ちゃんが居なくなったからだってことはみんな気付いていた。ゾエとヒカリちゃんが心配してあの手この手でユズルを笑わせようとしていたけど、ユズルはちっとも笑わない。二人の気遣う視線は私にも向けられていたけど、私は何も気づかないふりをしてニコニコ笑っていた。だって鳩ちゃんが居なくなったのは私のせいなのに。そのせいでユズルはずっと寂しそうにしているのに。全部全部私のせいなんだから、私にはみんなに気を遣ってもらう資格なんて――、

「おい」
「うわあ!な、なに…え、カゲ!?」

沼みたいな思考回路にズブズブと沈んでいたところに突然声を掛けられて飛び上がった。何でカゲがここに。ゾエたちとお好み焼き食べに行ったと思ってたのに。ドクドクと音を立てる心臓の上に手を置いてカゲを仰ぎ見る。

「ゾエたち、カゲのところのお好み焼き食べに行ったけど…?」
「んなこたあ知ってる」

唸るようにそう言ってカゲが私の向かい側に腰を下ろした。それから意地の悪い声で「テスト勉強はいいのかよ」と言う。小テストの勉強なんてゾエたちの誘いを断るためについた嘘だった。もちろんテーブルの上には何も広げてない。

「も、もう帰ろうかなって思ってたところだったの!」
「へえ?それにしちゃあえらく辛気くせぇツラでぼんやりしてたな」
「何、え?いつから見てたの!?」
「気付かなかったおめーがわりぃんだろ」

鼻で笑われた。いやほんとに、いつから居たんだろう。ゾエたちが帰るとき作戦室にはいなかったし、そのあとドアが開いた音もしなかったし。ドアが開いた音にすら気付かないほど考え込んでいたのかな。

「……おめーが来ねえからユズルが気にしてたぞ」

びくん、肩が跳ねる。カゲの顔を見ていられなくて、何もないテーブルをじっと見つめた。

「ユズルと喧嘩したわけじゃねえんだろ。避けるのはやめてやれ」
「……避けてなんて」
「じゃあ何であいつらと一緒に行かなかったんだよ」

カゲの指摘に、私はもう、何も言えなかった。
ユズルのことは避けてないけど、気まずいと思っていたのは本当のことだ。ユズルの沈んだ顔なんて見たくない。ユズルに「鳩原先輩」の話をしてほしくない。もしもユズルに、鳩ちゃんが居なくなったのは私のせいだってバレたらどうしよう。おまえのせいだって言われたら?みんなに軽蔑されたら?
カゲにバレたら、わたし、もうこのチームに居られない。

「……咲菜」

強めに名前を呼ばれる。顔を上げろと言われたけど、じんわりと涙が滲んできて、顔なんて上げられるわけがなかった。

「黙ってたら何も分かんねえだろ。何か言え」
「や、だ」
「あ?」
「だって…だって言ったら、カゲ、私のこと嫌いになる……」

鳩ちゃんが居なくなったのは私のせいだと二宮さんに懺悔した。二宮さんなら何かしら慰めてくれると思ったのに、二宮さんとはそれっきり、疎遠になった。あんなに良くしてくれていた先輩が手のひらを返したように素っ気ない態度になったのは明らかに私の自業自得だった。傷付くのはお門違いなのに、これ以上誰かに嫌われたくなかった私は、鳩ちゃんのことは誰にも言わないと決めた。特にカゲには、絶対に。
カゲにまで軽蔑されたくない。嫌われたくない。一緒にいたい。だから絶対に、カゲには言えない、のに。

「…………調子乗んなよ」

たっぷり間があったあと、そう言ったカゲの声はめちゃくちゃ低かった。抵抗する間もなくがっしりと片手で顎を掴まれ、無理矢理顔を上げさせられる。視界いっぱいにカゲの怖い顔が映って、喉の奥から弱弱しい悲鳴が漏れた。

「俺がおめーのこと嫌いになるって?ぶっ殺すぞてめー何様のつもりだ」
「うぶっ」

カゲの大きな手に口まで覆われていて何も言い返せない。カゲがどうしてこんなに怒るのかも分からない。ただカゲがもの凄く怒っていることだけは分かった。

「それは俺が決めることであって、おめーが決めることじゃねえだろ」
「っ、」
「それとも何だ?てめーは俺が、好きな女の相談にも乗ってやれねえ甲斐性なしだって言いてえのかよ」

言葉の意味を飲み込むことが出来ず目を見開いた私を見て、カゲが不敵な笑みを浮かべた。顎を掴んでいた手から力が抜けて、親指で唇をなぞられる。それだけでゾクゾクして、頭が上手く働かない。

「なあ?咲菜」

ギラギラした目で私を見つめるカゲは肉食獣のようだった。今にも頭からガブッと食べられてしまいそうなのにちっとも怖くないのはどうしてだろう。
頬に手が添えられた。カゲが顔を傾ける。
私はゆっくり、目を閉じた。

title/曖昧ドロシー


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