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※ifです。鳩原が密航していないため鳩原への処分などは管理人の捏造です。
※「二宮とは付き合っている設定で」とのリクエストでしたので、既に二人は付き合っています。










鳩ちゃんと喧嘩したのは今回が初めてだった。早く謝らなくちゃと思ってラインを開いたり、ラインより電話の方がいいかなと電話帳を開いたりしたけど、結局何もせずにケータイを放り投げた。ラインや電話より直接会って謝るべきだ、なんて尤もらしい言い訳を思い浮かべて。





欠けた背骨で泳ぐ





次の日、本当は気が乗らなかったけど、夕方から防衛任務が入っていたから仕方なく本部に出掛けた。だけど本部に到着するや否や、カメレオンを起動して待ち伏せしていたらしい風間隊によって上層部の元に連れて行かれた。

「ああ山室、突然呼び出して申し訳ない。風間隊もご苦労だったな」

呼び出しと言うより罪人の連行みたいだったんですけど。両脇を菊地原くんと歌川くんにがっちりと固められたまま、呼び出されたのが私だけではなかったことに気付く。
私が入室したからだろう、入口に背を向けるように立っていた人たちが一斉にこちらを振り返った。東さんと、二宮さんたち二宮隊の隊員たち。それから一人だけ、入口に背を向ける席に、誰かが座っている。

「……咲菜ちゃん」
「あ…、」

ズキンズキンと、心臓が痛みを訴えている。息が出来なくて頭が真っ白になって、指先から感覚が抜けていく。

「は…と…」

唇を震わせると、私の視線を遮るように私と鳩ちゃんの間に誰かが立ち塞がって、それからぐいっと肩を引かれた。

「もういいだろう。離してやれ」
「ああ、はい。すみません」

歌川くんがそう言った後、両腕から圧迫感が消えた。そろりと視線を上げると眉間に皺を寄せた二宮さんと目が合った。顰めっ面なのにどこか心配そうな表情に見えるのは、惚れた弱みだろうか。気付けば指先の感覚は元に戻っていたし、呼吸もきちんと出来るようになっていた。
二宮さんの手が背中に回される。促されるまま、私は一歩二歩と歩を進めて、鳩ちゃんが座る椅子の隣に立った。

「早速だが山室隊員。昨日鳩原隊員と喧嘩したそうだな」
「は?」

思わず素っ頓狂な声が出た。誤魔化すように口に手を当てたけど、漏れなく全員に聞かれただろう。ちらりと鳩ちゃんに視線を向けたけれど、鳩ちゃんは俯いたまま、声を出すどころか顔すら上げない。何で私と鳩ちゃんが喧嘩したことが上層部に呼び出されるほど問題視されるのだろう。まさか往来のど真ん中で暴言を吐いたせいだろうか。一般市民の模範となるべきボーダー隊員がバカとかビッチとか罵ったから、苦情が来たんじゃ…。

「喧嘩したんだな?」
「は、はい…。えっと、ご迷惑をおかけしてすみませんでした」

小学生じゃあるまいし、友人との喧嘩に大人が介入してくるとは…。不甲斐ないやら恥ずかしいやらで泣きそうになりながら、そう言って頭を下げた。

「理由は?」
「えっ…り、理由…?」

まさか癇癪を抑えられなかった、なんて言えるはずがない。それこそ小学生みたいだ。だけど鳩ちゃん以外の全員から一斉に視線を向けられて、結局昨日の喧嘩について掻い摘んで説明した。

「なるほど。では鳩原隊員と喧嘩したのは計画のことで意見が対立したからではないと」
「計画…?って」
「鳩原隊員の規律違反と近界への密航について」
「え?密航!?」

何それ何それ。規律違反?密航?忍田さんは何を言ってるの?

「み、密航とか嘘だよね…!?そりゃあ遠征に行けなくなって落ち込んでたのは知ってたけど、そんな、密航なんて…!」
「……ごめん」

鳩ちゃんが小さな声で呟いた。膝の上で握られた拳が震えている。

「昨日、咲菜ちゃんが見た男の人は彼氏じゃないよ。近界に密航するための協力者だった」
「え、」
「最近ずっとあの人と連絡を取ってた。咲菜ちゃんと全然遊びに行かなかったのも、"計画"のことであの人と話し合う必要があったから。…あの人が咲菜ちゃんまで巻き込んだらどうしようと思って、友達じゃないなんて言った。本当にごめんなさい」

鳩ちゃんの拳に涙がぼたぼたと落ちていくのが見えた。鳩ちゃんの懺悔に呆然としながらも、頭を過るのは「何故」「どうして」という言葉だった。

「…何で、行かなかったの」
「何で、って…」
「どうしても近界に行きたかったんでしょ…?だから遠征部隊を目指してて、だけど人が撃てないから遠征にも行けなくなって…それで密航しようとしたんじゃないの…?」

鳩ちゃんが鼻を啜る音がする。鼻を啜る音に紛れて、だって、と囁くような声が聞こえる。

「だって、咲菜ちゃんと喧嘩したままなんて、いやだったから」

私は立っていられなくなって、崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。バカじゃないの、と呟く私を見下ろす鳩ちゃんの顔は、涙でぐちゃぐちゃになって見えなかった。

「バカじゃないの、ほんとに。ねえ、バカじゃないの」
「…うん」
「わたし、あんなにひどいこと言ったのに…!」
「うん。でも、言わせたのはあたしだから」

ごめんね、と鳩ちゃんが言った。
私は大泣きしながら、鳩ちゃんにひたすら謝り続けた。



「鳩原隊員はボーダーから追放。二宮隊は連帯責任でB級への降格処分とする」

遠くで城戸司令の、温度を感じない声がする。










鳩ちゃんは風間隊によってどこかに連れて行かれた。ボーダーから追放されるということは、ボーダー隊員から一般人に戻るだけではなく、記憶も一緒に消されてしまう。私のことはもちろん、密航してでも近界に行きたいと思った理由すら忘れてしまうのだろう。

「…いつまで泣いてるんだ」

人気がなくなった会議室で、二宮さんの声はよく響いた。いつもよりずっと優しい手が何度も何度も私の頭を撫で続ける。
……私は、居ない方がよかったんじゃないだろうか。私と喧嘩なんかしなければ、鳩ちゃんは今頃、目的を果たすために近界の地を踏みしめていたかもしれないのに。規律違反も密航も悪いことだけど、それでも鳩ちゃんには、どんな手を使ってでも近界に行かなくちゃいけない理由があったはずなのに。
そんな私の考えに勘付いたのか、二宮さんは私の頬に手を添えると強引に顔を上げさせた。それから目尻に唇が寄せられる。ふにっとした柔らかいそれに、喉の奥から引きつったような声がで漏れた。

「な、なん…っ!?」
「やっと泣き止んだな」

ほんの少し、二宮さんが唇の端を吊り上げる。そりゃあそうだ。付き合い始めてから今まで、二宮さんとこんな、恋人みたいなことはしたことがない。

「おまえは悪くないだろう。密航しないと決めたのは鳩原自身だ」

さも当然だと言わんばかりの声色で二宮さんがそう言った。二宮さんだって鳩ちゃんに裏切られて、連帯責任で降格処分だって言われたのに。私よりずっと二宮さんの方が辛いはずなのに、私のことを慰めてくれる二宮さんは、やっぱり優しい人だ。

「今日はもう帰るか。防衛任務くらい、おまえが居なくても影浦たちだけで回せるだろう」
「うっ…事実だけど辛い……」

二宮さんに腕を引かれて立ち上がる。ズボンを軽く叩こうと下を向くと、二宮さんがわしゃわしゃと私の髪の毛を掻き乱した。

「わ、何ですか…!もう泣いてないです!」
「嘘つけ」

二宮さんの声が何だか鼻声に聞こえたのは、きっと気のせいなんかじゃないと思う。
私はきゅっと唇を結んで、二宮さんのお腹に抱き付いた。不意打ちだったのにしっかりと私を抱きとめた二宮さんは、仕方ないな、なんて呆れたように言いながら、私の背中に手を回した。

title/サンタナインの街角で


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