田崎くん、揺れる。


次の日、学校に行くと、教室であの二人が仲良さそうに話していた。相澤がおれに気付いて「おはよう」と言ってきた。相変わらず、かわいい。
二人の仲はどうやら順調のようだ。雰囲気でわかる。
「…はー」
(うらやましーねえ……)
少し離れた自分の席から二人を覗き見る。どう考えても、ラブラブにしか見えない。ちくしょう。教室でいちゃつきやがって。こないだまでは、あの位置におれがいたのに。いっそのこと、相澤が落ち込んでいるすきを狙って、掻っ攫っておけばよかった。いまとなってはもう後の祭りだ。
(ちくしょー)
恨めしい視線を送りながら、べつの何かを忘れているような気がしていた。何だっただろう。ぼうっと考えているときに、携帯電話が震えた。
「……な、」
メールの画面を開いたら、「田崎殺す」とだけ書いてあって、柄にもなくビビってしまった。差出人は倉科 涼。
そうだった。倉科のことを忘れていた。昨日、変な雰囲気のまま別れた。そのあとは連絡も何もせずにまた放置した。

(それにしても、このメールはさすがにひどいな……)

これは立派な犯罪予告だ。



「……」
「何、まだ怒ってんの?」
昼休みに倉科の教室へ出向いた。
心底面倒だったが、こちらから動かないと、のちのちもっとややこしいことになりそうな気がした。いつもなら「おせーぞ!」なんて憎まれ口をたたくのに、今日はつん、と視線を逸らしたまま黙っていた。
「つーか、さっきのメール、何だよあれは」
「……」
「ちょっと無視したぐらいで、殺されんのかおれは」
「……」
「じゃあ映画も行けないな」
そこまで言うと、いままで黙り込んでいた倉科が、おれのほうをちらっとみた。目が合うと、また逸らしてきた。
(はあ…まじでめんどくせー)
何なんだこいつは。だいたい何でおれがこんな、こいつの機嫌取りみたいなことをしなければならないのか。倉科は意外とやっかいなやつなのかもしれないと、知り合って二年目のいまごろ気がついた。
「……はあ、めんどくせ。もう戻るわ」
ついに心の声が口から出てしまっていた。だけど、もういい。どうでもよくなって倉科の教室をあとにした。

「た、田崎っ」
廊下を歩いていると、後ろからバタバタと走る足音がして、名前を呼ばれた。振り返ったら、少しだけ息を切らした倉科がいた。
「なに」
「…っ、……」
「何もねえんなら、教室戻るけど」
「だっ、だめ!」
何だよ、だめって。相澤ならまだしも、おまえがそんなこと言ったって、まったくかわいくない。
「で?」
「……え、映画……」
俯いて、ぼそぼそと言う。
なんとか聞き取れた。
こいつ、昨日から何回映画、映画って言うつもりだ。本当に何なんだ。
「だから、映画がなに」
「……」
どうしてもおれと観に行きたいらしいことは、昨日の段階でわかっていた。だけど、こいつの態度が気に入らない。上から目線で物を言うこいつが。もし相澤に誘われたら、間違いなく二つ返事で行くだろうけど。
「……」
「……」
「…っ、…」
(はあ、もう戻るか……)
しばらく待っていても、一向に答える気配がない。教室に戻ろうと身体を動かしかけたら、俯いていた倉科が少しだけ顔を上げた。

「え、映画、一緒に行きたい……」

そして、一言、おれを見ながら言った。

「……」
これはさすがに驚いた。
一瞬、相澤と倉科が入れ替わったのかと思った。

「……田崎と、最近、ぜんぜん遊んでなかったから……で、でも、…だめならいい…」
「……」

おれが最近、惚れているのは相澤だ。
あいつは小動物のようにかわいくて、一緒にいて、癒される。
一方、この男は、一緒にいても癒されたりはしない。ただいちいちおれに突っかかってくるので、やめろというのも面倒で放っておいたら、いつの間にか懐かれていた。正直、うっとうしいのでそろそろ相手にするのもやめようと思っていたところだった。というか、最近はその存在すら忘れていた。
だが、たったいま、目の前にいるこの男が、なぜか相澤みたいに見えている。これは、どういうことだ。

(そんなにおれと遊びたかったっていうのか)
(なんだよ「だめならいい」って)
(そんなこと言うキャラじゃねーだろ、おまえは)

言いたいことなら山ほどあった。
どれも言わなかった。いや、言えなかったのは、目の前の倉科の顔をみて、思わずかわいいと感じてしまっていたからだった。
よくよく考えると、相澤と倉科は似ている。だけど、倉科に可愛さはない。
……ないはずだった。
もう一度言うが、おれはゲイではない。相澤はたまたまだ。そう、たまたま。こんな、誰彼かまわず同性のことをかわいいとか思うなんて、ありえない。
「田崎…?」
さっき「殺す」と脅迫メールを送ってきた人間と、同一人物とはとても思えない。ちくしょう。そんな声で名前を呼ぶな。上目遣いもやめろ。

「……土曜日なら、空いてる」
「!」
ここまで言われて断るほど、おれは鬼畜ではない。誘いに乗ってやったら、倉科が少し明るい表情に戻った。
「じ、じゃあ、土曜日、駅前で待ち合わせな」
「おう」
「……ドタキャンとかなしだからな」
「しねえって」
いままでなら、もしかするといきなり面倒になってすっぽかしたりしたかもしれない。だけど、もうきっとしない。そんなことをしたら、怒るのではなくて、本気で泣き出しそうな予感がする。おれは、泣き顔にはめっぽう弱かった。倉科に泣かれるなんて想像もつかないが、無理やり想像してみたらいてもたってもいられない気分になってやめた。

 

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