誰か、起きてる!
 そう気づいた時には、少年は少女の手を振りほどいていた。

「お、お兄ちゃん!?」

「ごめ、僕は君のお兄ちゃんじゃ……」

ふらふらと後ずさる。ずきずきと頭が痛み、思わず前かがみになり、頭を押さえる。
 誰かが僕の潜んでいる。
 思考を反芻する。
 それは、ザクラという名らしい。
 それは、この少女の兄らしい。
 なんで、僕の中に居るんだよ!!

「っ!」

少年は堪らず、駆け出した。

「ザクラお兄ちゃん! どこに行くの。一緒に居てー!」

少女の絶叫が響き渡った。


 少年は走った。
 この、夢は全て『穴惑い』のせいだと。そのくらいは少年でも理解していた。『穴惑い』は寂しいから、仲間にするんだって。師匠の言葉を脳内でなぞる。

「師匠、師匠ー! 師匠ー」

呼ぶ。師匠には伝わらないかもしれない。しかし、叫ばずには居られなかった。少年には、この『穴惑い』の夢から逃れるよりも、自分の得体が怖ろしかった。師匠なら、自分の正体が分かるのではないか。固より、少年が師匠と道をともにしているのはそれが所以だった。身寄りも、記憶も定かでなかった少年を拾ったのが師匠だった。ここまで育ててくれたのも、一緒に居てくれたのも、全部、全部。

「師匠っ、師匠っ!」

とうとう、少年はその場にへたり込んでしまった。全力で走ったために身体はへとへとで、乱れてしまった呼吸としゃくりあげる声のせいで一層苦しさが募る。

「ねえ、君!」

ひっくひっくと一人、涙声をこらえていると、後ろから声を掛けられた。
 ――ユキだ。
咄嗟にそう思ったが、それよりも早く、身体が動いた。 彼女に、抱きつく。

「ねえ、助けて! 僕、僕……」

「わっ! ちょっと、待ちなよ!」

少女が、焦ったようにばたばたと暴れる。構わず、ぎゅうと彼女を抱きしめる。麻の着物のごわついた感触が頬に痛かったが、少女が自分をこんな場所に連れ込んだ元凶だと分かっていたが、それよりも一人悶々と恐怖に悩まされるよりはましだった。
 一頻り、少女に縋り付いて、わんわん泣いた後、少年は漸く少女から離れた。そして、気づく。

「あれ、女の子じゃない……」

自分が縋り付いていた子が少女ではなく、自分より随分と年嵩な少年であることに。未だに髪の毛に花の髪留めがついているのが、不似合いに際立っている。

「今頃、気づくわけ。そりゃあ、元々、雄蛇だったんだし。君が妹を失ってるみたいだったから、あの子に成ってただけで」

ま、コレも元々の俺じゃねーけど。
知ってるだろ、と片目を瞑られる。

「あの蛇……?」

おずおず少年が聞けば、彼はにこりと首肯した。
 少年の横に改めて腰を下ろした蛇は、そして彼をまじまじと観察する。蛇の嘗め回すような視線に、居心地悪そうに少年はもじもじと膝を擦り合わせる。

「ところで、お前さ、なんで俺……あの子から逃げたわけ? 会いたかったやつじゃねーの?」

蛇の糺すような口調に、思わず身を固くしながら、それでも少年は蛇を見つめ返す。

「僕は、……たぶん知らない子だよ」

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