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君一路

白だ黒だと喧嘩はおよし


チッ、と後ろから聞こえてきた舌打ちに、またかと内心溜め息をついた。今ので何回目になるだろう。舌打ちの主は、私と同じ席次であり尚且つ私の教育係に任命された、芦矢尚という男性死神である。


「この書類は三席に渡したあと大鬼道長の二重チェック入るくらい大事なやつだから、くれぐれも下らねえミスはすんなよ。…チッ」
「分かった…」
「日報はあそこの棚、虚討伐書は部隊で纏めて提出。さっさと覚えろ煩わせんな。…チッ」
「はい…」
「今日の午後から穿界門の確認だ。ちんたらすんじゃねぇぞ。…チッ」
「アンタは爆弾か!?!?」


いつまでたっても鳴り止まない舌打ちに、一応先輩である彼に私はとうとうぶちギレた。


「ハァ!?センスねぇ突っ込みしてんじゃねえよ!!」
「うっさいわ!!さっきからもうチッチチッチチッチチッチチッチチッチチッチ「長ぇよ!!」チッチチッチチッチチッチチッチチッチチッチチッチチッチ!!!!何のカウントしてんだ零になったら爆発すんのかその弱いおつむでもさぁ!!」


ガーー!!と怒り心頭で睨み付ければ向こうも負けじとあり得ない目付きの悪さでガンつけてくる。こいつ人相悪すぎ!拳西といい勝負だよ!


先日、ついに迎えた入隊の時。朝礼の時間の最後、私は大鬼道長に促されて百名以上いる隊士の前に立ち、席官就任の挨拶をした。突然現れた女を上司に迎えなければいけない平隊士や同僚のことを思えば、不躾な視線で見られることは簡単に予想できる。ちらほら不満そうな顔も見える中で、実力で認めてもらうしかないんだと気を引き締めた。

そう、引き締めた、にもかかわらず、目の前のコイツは出会った瞬間から私の決意の姿勢を圧し折らんばかりの態度をとってきた。いや、分かってる。分かってるんだよ?けれどあまりの不遜な態度に我慢できなくなったのは早かった。そもそも私は元からそんなに気が長くない!!


「私のことが気に食わないのは分かるけど、その態度はなくない!?業務を円滑に進めようなんて気遣いもできないのかよ十七席様は!!」

「てめぇに気遣う必要がどこにあんだよ言ってみろ成り上がりが」

「はあ!?成り上がりって何意味分からん!」

「てめえがこの部隊にいれんのは大鬼道長の広い心あってのことだろうが!三十番台もまともに打たねぇくせに、さも配属されたのは自分の実力だっつってる自信過剰な顔が腹立つんだよ!」

「大鬼道長の配慮なんてアンタに言われなくても百も承知だわ!それに報いようとこれから頑張るんだよ!ていうか自分の実力だなんていつ誰が言った!?何時何分何曜日地球が何回回った時!?」

「ガキかてめぇ!!」

「「フンッ!!」」


ガキィン!と交わる木刀越しに睨みあう両者。バチバチと音が聞こえてきそうな程敵意剥き出しなこの態度は、天音が入隊してから数日経っても変わらないままである。ガンッガンッと初めのうちは互角に打ち合っているものの、やはり天音には二十年のブランクがある。最後はいつも体力負けして芦矢に押し切られてしまっていた。その際の芦矢の心底自分を見下したような顔に天音は地団太を踏みたくなるほど悔しくて仕方ないのだが、実際負けてしまえばどんなに芦矢に歯向かっても負け犬の遠吠えにしかならない。次だ、次は絶対負けないと誓いながら、自分達の勝負を少々、いやかなり引き気味に見ていた次の組に打ち合い稽古を譲るべく、邪魔にならないよう道場の端に寄った。





*****




「そんな言い合いばかりでもう半月は経つよ。どう思う?」
「貴様の人間関係など我の知ったことではない。気安く話しかけるな」
「精神世界でもストレス溜まるなぁ…」




自室で胡座をかき、膝の上にまだ浅打のままである己の斬魄刀を乗せて精神を統一させれば、フッと自分の意識が浮くのが分かった。目の前には、ここ数日で見慣れた長躯の男が憮然とした態度で自分を睨み付けていた。


鬼と錯覚させるほどの鋭い顔つきをしているにも関わらず、その身に纏っているのは高貴さを感じさせる漆黒の法衣。その頭を黄金の長髪で覆い、自分の見間違いでなければこれまた漆黒の角が生えている。その手に持つのは法具でもある、身の丈ほどもある金剛杵。鬼、仏、阿修羅、僧侶、

なんともアンバラスなこの男は、私の斬魄刀である。


名前はまだ、聞けていない




「対話してるし、同調も、まあ、してるじゃない。何で名前を教えてくれないの?」
「貴様ごときに我の崇高なる真名を与えるつもりはない。貴様のような、小心者に」
「……小心者、って、」


嫌悪を隠さず告げられたその言葉に、心臓がドキリと音を立てた。意味を聞いたけど、本当は分かってる。小心者の意味。

私はまだ、鬼道衆に配属されてから一度も人前で鬼道を放ったことはない。できる限り浅打で凌ぎ、鍛練も人気の無いところで行っている。芦矢が私を認めないのも、そのせいだ。

人前で撃とうとすると、あの二番隊の先輩の、恐怖に濡れた顔が頭の中に一気に蘇ってくるのだ。



「我を持つ者が鬼道に怯えるなど、こんな恥も他にない。いいか、我は………いや、名をくれてやる気などない貴様に話したところで、意味は無いな」
「ちょっと、」
「肝に命じろ。我をその手に納めたくば、貴様自身で弱き己を捩じ伏せるのだな」


言葉の意味を反芻し、顔を歪めた。苦虫を潰したような顔をしているである私を、その日初めての悪質な笑顔で見下して、その男は姿を消した。

気がついたらもう、夜は明けていた




「ね、ねむい……」