君一路

喧嘩した時この子をご覧


霊術院が休みの日、天音はわざわざ流魂街まで繰り出して行きつけのお店でお団子を買っていた。南の十番台に位置するこの地区は程々に栄えておりここで暮らしている魂魄も多い。天音の出身地区はここよりもさらに下位に位置しているのだが、昔から放浪癖のある彼女は地区を跨いで散歩するのが好きだった。そんな時に見つけたこのお店は数年来の行きつけである。



「おじさぁん、みたらしと醤油三本ずつー」
「誰かと思ったら天音ちゃんか!美人になって!」
「おじさん好きヨモギも追加で」
「ハッハッハ!このヨモギはまけといてやるよ!」
「大好き」



快活な店主とのやりとりの末に安く手に入ったお団子をホクホクと抱えて歩いていけば、比較的治安のいいこの地区には珍しい光景に出くわした。

一人の小さい女の子が複数の死神に囲まれているのだ。


面倒だなと思いつつも放っておくほど鬼でもない天音は静かに彼らに近づいた。そこから聞こえてくる声を纏めるに、女の子の言い方もキツいが非は死神の方にあるようだ。



「せやからアンタらが順番守らへんのが悪いんやろが!大人んクセにハゲたことしてんちゃうぞ!!」
「さっきからこっちが大人しくしてりゃ好き放題言いやがって」
「仕置きが必要か?」
「割り込むんが当たり前みたぁな顔しとるお前らに躾されるほどガキやないわドアホ!!」
「大人に突っかかってる時点で充分ガキなんだよチビが」
「なんやとゴルァ!!アンタら常識気取ってサッブいねん!!母ちゃんの腹から出直してきぃや!」
「チッ、いい加減うるせぇんだよ!!」



振りかぶられた拳は真っ直ぐ女の子に向かっていく。彼女は反射的に目を瞑ったが、想定していた衝撃はやってこなかった。代わりにさっきまで怒鳴っていた死神の、あへぇ…!?という情けない声が聞こえてきて、女の子───猿柿ひよ里は恐る恐る目を開けた。


目の前に立っていた筈の死神は何故か地面に倒れており、仲間の二人は狼狽えている。この状況を作り出した人物を見れば、当の彼女は団子をもっきゅもっきゅと咀嚼しながら気だるげに佇んでいた。想定していたイメージとはまるで違ったが、霊術院の制服を着ているにも関わらず死神を一人倒すなんて、きっと強いに違いない。そう思っていれば一人の死神の「霊圧消して膝かっくんなんて卑怯だぞ…!」と言う声が聞こえ、ひよ里はこんな状況にも関わらず白けた目をしたくなった。




「先輩方何やってんですか。これから目指そうとしてる死神がこんな恥ずかしいことしてるなんて、知りたくなかったです」
「ああ!?」
「恥ずかしいのはそのチリチリの頭だけにしてください」
「これは天然だ!おのれ、気にしていることを!」



わざとか無意識か、死神を煽りまくる彼女はスタスタとひよ里に近づく。なんやねん、と数歩後ろに下がった彼女におかまいなく、天音はひよ里を抱えると、



「では先輩方、失礼します。できたら同じ隊にはなりたくないです」


最後まで煽るのを貫いて瞬歩した。









死神達の霊圧を感じなくなるところまで行き、天音はようやく抱えていた彼女を降ろした。地面に足を着けた途端にしゃがみ込んだ彼女に、もう大丈夫だよと声をかける。



「ちゃ、」
「ちゃ?」
「ちゃうねん!別にウチ怖いとか全っ然思っとらんかったし!お前や!何やお前の瞬歩速すぎやろ酔ったやないか!」
「ああそういう」



天音の学校での成績は上の中といったところで、その中で飛び抜けていたのが歩法だった。白打や鬼道は苦手だが、瞬歩なら二番隊とまではいかずともそこらの死神よりは速いと自覚もしている。



「にしても災難だったねえ、あんなのに絡まれるなんて」
「ハンッ!別にウチ一人でもアイツらボッコボコにしとったけどな!」
「うんうん。でも視界に入ったチリチリが気になっちゃってさぁ。ただのお節介だよ」


じゃあ私はこれでーと踵を返す天音に、ひよ里は慌てて待ったをかける。照れながら悪態をついて、しゃーないから家に寄れ茶ァ出すとそっぽを向いた彼女に、お団子多目に買って良かったと後ろを着いていくのだった。