幽囚ーユウシュウー

 
 廊下に牡丹は取り残された。
 今は八雲の背中が見えているため、まだ、不安は少ない。
 だが、いずれその背中は教室へと消えてしまう。
「!」
 やっぱり怖い…!
 牡丹は、八雲の後を追おう、そう思い足を上げ――ようとした。
「――!?」
 足が上がらなかった。
 怖くて足が竦んでいるのではないことは、すぐにわかった。
 あまりの恐怖に歯がガチガチ鳴った。
「……あ…」
 八雲を呼ぼうとするが声も出ない。
 イヤダ、いやダ、イヤダ……!
 泉、助けて――!
 心の中で必死に叫んでも、八雲に聞こえるはずも無く、八雲の姿はついに音楽室の中へと消えてしまった。
「――っ!」
 視界がぼやけてきた。どうやら涙が出てきているらしい。
 牡丹は、瞬きを忘れ涙を流し、自分の激しい呼吸音を聞いていた。
 八雲の消えたところだけを見つめて、忘れようとしていた。そもそも気付かない振りなどできなかった。それどころか、その部分はますます存在感を増してきている。



 牡丹の右足首は、何者かによって捕まれていた。



 その手には体温が無く、ゴムのような感触が直に伝わってきていた。そして、それは凄まじい力で足首を締め付け、引き抜こうとしても、引き抜くことはできなかった。
 お願い!誰か助けて――!
「――!ひっ!」
 ガターンッ!
 急に視界が低くなった。それから、顎に激痛が走る。
 足首を思い切り後ろに引かれ、勢いで前に倒れたようだ。
「――ったぁ…なに――」
 言葉は途中で切れた。
 牡丹は息を呑み、目を大きく見開いて、目の前にあるものを凝視した。
 目の前には、小学校5、6年くらいの女の子が首を傾げてしゃがみこみ、こちらをじっと見ていた。
 ただ、その女の子は一目でわかるほどに異様だった。
 まず、こんな時間に幼い子供が出歩くはずがない。ましてや、こんな不気味なところへくるはずも無かった。そしてなにより、その女の子は、――全身が血塗れだった。
 頭から、顔から、腹から…ありとあらゆる場所から血を流しているその少女は、痛がる素振りも見せず、ただ、黙ってじっと牡丹の顔を見ていた。
「な、によあんた…どっか行って!」
 地面に伏したままの牡丹が怒鳴ってもその少女は逃げもせず、やはり、じっと牡丹を見ていた。

 しばらくその状態が続いていたが、その均衡は突然破られた。
「!ちょっと!やめて!」
 ずっと黙ってままだった少女が、音もなく、左手を上げた。
 その手は確実に牡丹に伸ばされている。
「いや!こないで!」
 必死に叫ぶが、牡丹の体は微塵も動くことができない。
 手は、少しずつ、だが確実に迫ってきている。
「いやぁっ!」
 その叫び声はすぐそばの教室にいるはずの八雲に届いていないのか、八雲が助けに来てくれる気配は無い。
「やめて!お願い!やめ――ひっ!」
 手が、牡丹の顔に触れた。
 血に濡れた手が、牡丹の顔を撫でる。
「――っ」
 目を瞑り、歯を食い縛ってその感触に耐える。
 すると、これまで撫でていた手の動きが――止まった。
「……?」
 不思議に思った牡丹は目を開ける。
 ――同時に後悔した。


 これまでずっと無表情だった少女の口元が緩んだように見えた。その緩みは次第に大きくなり、少女の顔はみるみる異様なものへと変化していった。
「――ひっ」
 そして――



『  つか まえた   。 』







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