音楽室ーオンガクシツー

「――どうしてよりによってあんたなの?」
「そんなこと俺に言われても困るんだけど」
「しかも……ここドコ?」
「……音楽室…?」
 八雲の答えに牡丹が周りを見ると、確かにそこには「音楽室」と書かれたプレートが、今にも落ちてしまいそうなほど斜めになって掛けられていた。教室の出入り口の戸はすっかり壊れ、そこからは深い深い暗闇を見ることができた。その暗闇に人を招き入れようと、ぽっかりと口を開けて待っている戸のあったと思わしきその場所は、不気味なほど静かだった。
「……………」
「……あのー、牡丹サン?」
「なによ」
「これはどういうことでしょうか?」
「え……?」
 八雲の視線を追っていくと、そこには、八雲の腕をしっかりと掴んでいる自分の手があった。
 どうやら、牡丹も無意識の行動だったらしく、しばらく返答に困っていたようだ。
 ややあって、自信満々に答える。
「……あんたが一人じゃ心細いかと思って握ってあげたのよ。――文句ある?」
「……いいえ」
「…何がおかしいのよ」
「別に」
 そう言った牡丹の顔は真っ赤だ。どれくらい真っ赤かというと、耳まで赤い。暗闇であるにも関わらず、そんな様子が手に取るようにわかった。
 相当恥ずかしいらしい。
「――他の三人とははぐれちゃったみたいだな」
「そうね」
「三人でいるなら、白峰がいるから大丈夫だよな」
「そうね」
「皿屋敷が若干心配だけど、魁がいるなら大丈夫だよな」
「そうね」
「じゃあ俺らはこれからどうしよっか」
「そうね……ってあんた何も考えてないの?――信じらんない!」
「信じらんないって…灯屋さっきから、「そうね」しか返事してくれないんだもん」
 いじけたような口調で八雲が言う。その点について牡丹は反論できないが、それでも能天気なこの男に呆れ果てていた。
「だもんって、普通そっちが少しはリードしてくれるんじゃないの?男でしょ?」
「あ、それは差別じゃねえの?男だからって、こういう時ばっかり頼りにされても困るんですけど。灯屋の方が男らしいんだから、何か言えって」
「何ですって――」



   ポロン♪



「「!」」
 それまで激しい舌戦を繰り広げていた二人だったが、その音で、黙り込む。
 思わず顔を見合わせた。
「……今…何か聞こえた…?」
「や…はっきりとは…」
 牡丹は再び八雲の腕にしがみつく。今度は八雲も何も言わない。
「き、気のせいだよね?」
 牡丹が勇気を振り絞って話しているのが解った。
「ああ……そうだよ。こんな時間に人がいるわけ無いじゃん」
「そうだ、よね……」
「……。……行こうか、外に出ればみんなにも会えるだろうし」
「ん……」
 音楽室に背を向けて、その場を後にしようと、一歩足を進めた――



  ポロン♪
        ポロン♪



「「!」」
 二人は同時に振り返り、声を失った。


 先程まで、暗闇でしかなかったその教室からは、煌々と明かりが漏れていた。
 そして、その教室の中からは、今度は聞き間違いでもなんでもなく、はっきりと、ピアノの演奏が聞こえてきていた。この場にそぐわない、美しい音色の曲だった。
「い、泉…」
「……誰かいるのか?」
 八雲は、誰がいるとも知れない教室に声をかけると、牡丹をその場に残し、様子を見てこようとする素ぶりを見せた。
「!待って…」
「大丈夫だって、ちょっと見てくるだけだから」
 牡丹の制止に小さく微笑む。
「でも…!」
「灯屋が言ったんだぜ?男だろって。たまには男らしいところ見せないとな」
 牡丹の頭を一度だけ軽く叩くと、八雲は一人、未だに音の鳴り止まない音楽室へと歩いていった。






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