気配ーケハイー

…………、
…………、
 最初に感じたのは気配だった。
 初めは気のせいだと思っていた。私がただ怖がっているから、だから、ありもしない恐怖を感じているのだろうと、自分自身に言い聞かせていた。先を歩くみんなは誰も何も言わない。ただ、世間話をしているだけたった。
「……、」
 やはり、気のせいなのだろうか…?
 知らないうちに右手に力が入る。
「――っ、乃鞠!」
 自分でも解らないほど、きつく握り締めていたのだろうか。魁が痛みをこらえたような声を出した。
「……え?わっ!」
 慌てて手を離す。
 魁は自分の左手をさすり、握ったり開いたりしている。
「ご、ごめんなさい……」
「――なんだよ、そんなに怖かったか?」
 左手を振り、笑みをこぼしながら魁が尋ねた。
「ははっ、やっぱり皿屋敷は置いてきた方が良かったんじゃね?」
 意地悪な笑みを顔に貼り付けながら言う八雲。
 そして、無言で明らかに不愉快な表情をしている、牡丹と雨月。
「あ、えと…ごめん、なさい…」
 自分の謝る声が、段々小さくなっていくのが解った。
「……、何かしたか?」
 魁が声を低くし、問う。
「え?な、なんでもない……、と思う…」
 私は、なんとも曖昧な言葉で返す。答えになっていないことくらい、自分でも解っていた。だが、本当に、こればかりは、わからないのだ。
 はっきりとしない感覚。
 ただ、微細に感じている、気配。
 自分の中の何かが、警告を発している。

 これ以上、進んではいけない――


「――っ」
 私は首を左右に降る。
 ううん、考えちゃだめ、怖いなんて考えているから、何でも怖く感じるんだ。
 私は魁の手を再び握る。
「――乃鞠?」
 魁が心配そうに私の名を呼ぶ。
 私はその手を握り返し、小さく笑う。
 大丈夫。
 行こう。
 近くで、魁の安堵した空気を感じた。その周りからも、三人の小さなため息がこぼれるのがわかった。うち二人は、明らかに呆れたため息だったけれど。
 私は足を進め、
「……行こ――」
 足を進めようとした。
 だが、その足はまるで地面にくっついているかのように、離れない。
 いや、離れないのではない。私の意識が、脳が、体を動かすのをやめた。
 今まで微弱だった気配が、圧倒的な存在感を放った。



 何カニ見ラレテイル……?



「――――!」
 途端に心臓が爆発しそうなほど、拍動を打ち出した。同時に呼吸も荒くなる。
 呼吸がうまくできない。
 私はその場にくず折れる。
「お、おい!乃鞠!」
「どうした?」
「ちょっ…!何があったの?」
「皿屋敷!」
 四人が私の回りで口々にそう言うのが、遠くで聞こえた。
 だが、今の私には、自分の心臓と呼吸の音、魁の腕をきつく握り締めている感覚、そして――あの不気味な感覚しか感じられなかった。
 背後の気配は、それ以上近づくでも、遠ざかるでもなく、ある程度の距離を置き、立っていた。
 そう、その気配は、立っていた。
 立って、じぃっと、私たちを見ている。

逃ゲナキャ……



 私は直感でそう感じた。だが、体が動かない。まるで金縛りにあったかのように、体は私の意識とは真逆に、一向に動く気配がない。
「乃鞠!しっかりしろ!」
「息できるか?」
「ちょっと、本当にどうしたの?」
「何でこんな時にっ」
 四人は、様子が一変した私に対して、何か言っていた。
 そして、ふと、気付いた。
 ――みんな、気付いていない……?
 ここまで私が、明確に感じ取っている気配を、私以外の四人は気付いていない。気付いていたら、私を構っている余裕なんて無いはずだ。それなのに、誰一人、背後の気配に気付いていない。
 どうして……?
 そんな疑問が頭を持ち上げた時、スッ……っと体が軽くなった。
 息も吸える。体も自由に動く。
「乃鞠?」
 声のする方を見ると、魁が私の顔色を伺うように、覗いてきた。他の三人も、同様の表情を浮かべている。
 気付くと、背後にあった気配も消えていた。
 気のせいだったのだろうか?
 首を傾げると、そういえば気のせいだったような気もする。だが、あのとき感じたアノ恐怖だけは、体にしっかり染み付いていた。
 手が、まだ小刻みに震えている。手だけじゃ足りず、もう片手の手で魁の左腕にしがみついていた。その手が、力の入れすぎで真っ白になっている。
 気のせいじゃ……ない。
 そう気付いた瞬間。アノ恐怖が再び頭に蘇ってきた。
 ドクン――!
 心臓が脈打った。
「――ぃく…、――よう」
「ん?」
 私の喉から出た声は、とても微細で、すぐそばにいた魁にさえ、聞き取れなかった。
「――かいくん、ここをでよう」
 みんなが静まるのが解った。
 先ほどの明らかに尋常じゃなかった私の様子を見て、みんな私の言葉を聞く気になったらしい。
 私はもう一度言う。
「魁君、みんな、ここを出よう?今すぐ引き返そう?」
 今すぐ泣き出したい衝動に駆られながらも、私は声を絞り出した。


「ここはダメだよ、私たちみたいな、興味本位な……遊び半分な人が、くるところじゃなかったんだよ!」





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