末路ーマツロー サクラコは無表情に乃鞠を見ている。 「――っ」 乃鞠は声も出せず、ただ、サクラコを凝視していた。 すると、乃鞠の横を何かの影が横切った。 「――!雨月君?!」 その影は見紛うことなく、友人の一人、白峰雨月だった。 だが、雨月は乃鞠の横を何か小声で呟きながら、通り過ぎていくだけだった。そのまま、サクラコの隣も通過していく。まるで、二人の姿など見えていないかのように。 「……雨月君?」 乃鞠の声に反応し、サクラコが口元を小さく歪める。 『 あの人は、 ここをあるきつづけるの 。 ずうっと 』 サクラコの眼は狂気に歪んでいた。 「…ど、して……?」 喉の奥から辛うじて声が出た。 『 あの人、 おいかけてくれない おいかけてもにげてくれない 、だから つまんない 』 まるで子供のようにサクラコは言う。 「ほ、他の人は?牡丹ちゃんは?八雲君は?」 畳み掛けるようにして、乃鞠は問う。 すると、サクラコは小さく首を傾げて、問い返した。 『 会いたい ?』 「!――会いたいに決まってるでしょ!二人に会わせて!」 乃鞠が叫んだ瞬間、サクラコの口が大きく歪み、それと同時に、乃鞠の右足首と、両肩を物凄い力で引っ張られた。 「――っ!?」 その力の元を辿っていった乃鞠は、言葉を失った。 右足首を掴んでいたのは、親友の、灯屋牡丹。 両肩を押さえ付けているのは、大切な友達の、泉八雲。 二人とも、顔色が血の気が引けたように真っ青で、触れているその手には体温が全く感じられなかった。そして眼は濁り、その瞳には何も映し出されてはいなかった。特に八雲は全身を真っ赤に染め上げ、この状態で動いているのが信じられなかった。事実、八雲の頭や腹からは大量の血液が溢れ出しており、その溢れ出る血液によって、廊下には赤い水溜まりが出来上がっていた。 「――ひっ!」 乃鞠の全身は恐怖で硬直し、その場から動くことも抵抗することも出来なかった。 『 会わせて あげたよ ?』 サクラコが歪んだ笑みのまま乃鞠に問いかける。 「ふ、二人をどうしたのっ?!」 『 ? その子はつかまえたの。 鬼ごっこ、だから 。 その人はいっしょにくる っていったから そのとおりにしてあげたの』 サクラコは至極当然のように答える。その間も牡丹と八雲は手の力を緩めることなく、ギリギリと乃鞠の体を締め上げていく。 「――っ!魁君!魁君!魁くん!かいくん――!!」 乃鞠は隣にいるはずの魁の名を叫ぶ。 ――だが、反応は返ってこなかった。 「いやあっ!魁くん……っ!」 足や肩から骨の軋む音が聞こえてきた。 痛みに耐えかねた乃鞠は、思わず魁と繋いでいた右手を思い切り引き寄せた。 その手は、思い切り力を入れて引っ張ったにも関わらず、すんなりと乃鞠の元へ引き寄せられた。 「――――え?」 乃鞠は痛みも忘れ、引っ張った方向、己の右手を見る。 そして―― 「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」 喉の奥から信じられないほどの音量で声が出てきた。 乃鞠の右手には、確かにしっかりと魁の左手が繋がれていた。 ――――左腕だけが。 左腕の肘から上の部分は、何かに切り落とされたかのように、すっぱりと綺麗に無くなっていた。その滑らかな切断面からは、赤い液体が滴り落ちている。まるで、ついさっき、切り落とされたかのように。 恐怖のあまり乃鞠はその手を振り払おうとしたが、どうしても離れずない。いくら振っても、その左手は、乃鞠の右手に吸い付くようにしっかりと握られたままだ。 その様子をじっと見ていたサクラコだったが、思い出したかのように、錯乱状態の乃鞠に話しかける。 『そのひだり手のひと わたしがつかまえたの だから あげない 』 だが、そんな呟きも今の乃鞠には届かない。 パニックを起こした乃鞠は狂ったように叫び続けた。 「――――――っ!」 もはや、叫び声にもならない叫び声だった。乃鞠の表情は恐怖が張り付いたかのように引き攣り、牡丹を、八雲を、そして魁の左手を見て叫び続けた。 みしっ 「――――っ!……………」 …………… …………… 乃鞠の叫び声が途絶えた。 あたりには再び静寂が戻る。 恐怖の頂点を越えた乃鞠の意識が途絶え、その場に倒れた込んだ後、そこには雨月、牡丹、八雲、魁、そしてサクラコの姿はなく、何事もなかったかのように、朝日が割れた窓ガラスから射し込んできた。 [mokuji] [しおりを挟む] |