早朝五時。
 南米ペルーの朝は、冷えた空気から始まった。
 調査の一行は予定通り、宿泊したホテルを出て、目的地クスコへ向かっていた。
 まだ目覚めきっていないリマの町を走る一台のバスの中に、エドワードは居た。
 周りのほかの生徒は、また寝ていたり、隣同士で楽しそうな会話をしていたが、エドワードは一人物思いに耽っていた。同い年が居ない、遺跡のことを想っている、そのせいも多少はあるかもしれないが、今のエドワードにはそんなことは考えられなかった。
 それは、昨日の夜、ロバートがエドワードの部屋にやってきた夜に遡る。

―――――――
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「グリース、君をこの調査に参加させた理由を、まだ話していなかったね?」
 部屋に入ったロバートは、いつもの笑みを消すと、初めて見せる堅い表情で話を切り出した。
 エドワードが頷くと、ロバートは話を続けた。
「君の論文を見る前からクリストファーには聞いていたんだ、君の想像力のことをね。その時から君には何か考古学者として、相違な点があるのでは、と思っていたのだよ」
 エドワードは自分の顔が強張るのを感じた。
 何を言うつもりなんだ―――?
「そして、論文を読んだ時、わかった」
 心臓の鼓動が速くなった。もう、まともにロバートの顔がまともに見れない。エドワードは自分の足の先の一点を凝視した。
 やめてくれ、その後はもう何も言わないでくれ!
「君は、創造力が豊かすぎる。考古学者としては正直、言葉にするべきものではないな」
 歯を食いしばり、目をきつく閉じ、エドワードは必死に絶えた。
 やめてくれ、もう聞きたくない!
「想像することは別に構わん。だが、『想像』と『空想』は別物だ。君のは空想のそれだ。我々の仕事は想像することではない、科学的に証明することだ。それは分かっている筈だ。あの論文の一番最後に書いてあった文章、『人々は空を飛んでいたのかもしれない』これは学者が言うべき台詞ではない。小説家などの空想することを仕事とする者達が考える戯れ言だ」
 『戯れ言』その言葉にエドワードの心臓が大きく跳ねる。
 もう、やめてくれ…!もう聞きたくない……。
「私は君の知識を高く評価している、だからこそ空想なんて考え方は辞めて欲しいんだ。今回君を誘ったのは、現実を見て欲しいと思ったからだ。わかってくれ。……これが君を誘った本当の理由だ。発想が面白い、そう思ったのもあながち嘘ではないのだがね」
「………」
「―――すまないな。寝る時に来てしまって。ゆっくり考えてくれ。明日は早いからな」
 そういうと、ロバートは部屋を去った。エドワードの胸に暗く重い言葉を残して。
………………
………………

 ただ揺られるバスの中、エドワードの頭の中では、昨日のロバートの言葉が反芻されていた。
 ――そういえば昔、どっかの親戚のオヤジにも似たようなこと言われたっけ。俺はあの頃から、少しも成長してねぇのか?何のために考古学者を目指していたんだ?俺は。
 初め今回のことを聞いた時、母親以外にもやっと理解してくれる人が現れた、そう思った。だが現実がこれだ。見事に否定され、さらに現実をよく見ろとまで言われてしまった。自分は何をしにここまで来たのだろう、バスで揺られながら、エドワードはいつまでも考えていた。
 太陽が昇り、町が活気に満ちてきたが、エドワードのその瞳には、ただ暗い闇が広がっているだけだった。



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