初めて飛行機を見た人が、とても驚いていたなんて最初信じられなかった。
 生まれた時から飛行機なんて物は存在していたし、飛行機が空を飛ぶのは当たり前だった、常識だった。
 だけど、今なら、初めて飛行機を見た人、乗った人の気持ちが嫌というほどわかる。あのでっかい鉄の塊が何十何百もの人を乗せて飛ぶのだという、上空何メートルという高さをだ。ありえない。
 ありえない、というのはあながち間違った認識ではないらしく、今だに飛行機の飛ぶ理論は完璧ではないのだとか。
 それは置いておいて、乗った後が更にひどい。離陸の時は背もたれに押しつぶされそうになるわ、車輪がコンクリートで舗装された大地を離れた時は、心臓が張り裂けんばかりに、鼓動を打つわで、もう自分の運命は操縦士に託されたと思った。飛行機に乗っている間中ずっと気が気じゃなかった。雲の中に機体が入った時はぐらぐら揺れるもんだから、本当に大丈夫かと何度も隣のロバートに確認した。何時間も生きている心地がしなかった。おまけに着陸の時のあまりの急降下に、気持ち悪くなった。
 再び大地に車輪が着いた時、やっと、やっと生きている感じがした。
 そして再度飛行機を見た時、本当に自分はこれに乗っていたのであろうかと不思議な気持ちになった。しかし、まだ早く脈打っている心臓の鼓動、そして、硬直していた筋肉、全身にびっしょりとかいた脂汗を思うと、やはりこれに乗ってきたのだろう、と思わされる。
 もう二度とこんな乗り物になんか乗らねぇ。
 そう固く心に誓った。



* * * * *


「――初めてのフライトはどうだい。エドワード・グリース」
「はぁ、なんというか……その……スケールのでかい、ジェ、ジェットコースターに乗った気分です」
 エドワードがそう応えると、ロバートはその細い目をさらに細めて、いかにも楽しそうに笑った。
「ははは…、そうかジェットコースターか。やはり君は面白い思考をしている。だが、行きだけでそんなに疲れていては困るな。これからさらに移動するのだぞ?」
「飛行機に乗らないのならどこまでも行きます」
「ん?飛行機が苦手なようだな」
 ロバートにズバリ聞かれてしまい、エドワードは少しだけ肩を揺らした。
「…………………もう二度と乗りたくないです」
「ふむ。乗りたくないと言われてもだな、帰りにももう一度乗らなければ帰れないぞ?」
「!」
 その言葉にエドワードは絶句した。完全に失念していた。行きがあるならば当然帰りもあるわけで。
 ―――また乗らなきゃなんねぇのか?あの化け物に――!?
 呆然と立ち尽くすエドワードの背を、虚しく風が通りすぎていく。

 飛行機のほかにもエドワードには、驚いたことがあった。
 それは、ロバートの本性だった。
 いや、本性と言うと聞こえが悪いが、このフライトの時間の中で、エドワードはロバートの穏やかな外見からは考え付かなかった性格を身をもって知ることとなった。
 渡航前、ロバートについて生徒から少しだけ話を聞いていたことがあった。発掘、調査となると人が変わるとは聞いていたが、まさかこれほどとは正直想像していなかった。遺跡以前の大発見である。エドワードが機体に揺られていて余裕がなかったあの時に、ロバートはエドワードの隣で離陸してから着陸寸前まで、ずっっっ―――――っと遺跡について語っていたのであった。まさかこんなに熱い人だったとは…。それを聞いていたせいもあってか、エドワードの頭の中はぐちゃぐちゃになってしまい、より一層具合が悪くなっていた。クリストファーにも苦手意識を持っていたエドワードにとってロバートのこの性格は、新たな強敵となりそうだった。
 ――どうやって数ヶ月を過ごせばいいだろうか。
 エドワードが真剣に悩んでいた頃、そのロバートは着々と指示を出していた。
「今日はここ、ペルーの首都リマのホテルに一泊する。出発は明朝五時だ。くれぐれも寝坊することのないように」


* * * * *


 ホテルに着き、夕食を食べ終えたエドワードは、ホテルの一室で明日からの作業に思いを馳せていた。
 やっと自分の夢にまで見たあの遺跡に行ける。この目で実際に見られる。触れられる。空気を肌で感じられる――そう思うと、今日はなかなか眠れそうになかった。しかし明日の朝は早い、そう思い、エドワードはベッドに入ろうとした。
 すると、ドアをノックする音が聞こえ、エドワードはベッドから出、ドアを開けた。
 そこには、ロバートがいつもの笑顔をたたえ、立っていた。
 暑い筈のペルーのホテルに、少し冷えた空気が入ってきた。




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