修理師B/政宗+佐助+幸村
“子を孕むこともない”
その言の葉に男ふたりは黙り込んだ。
涙も汗も血も流れる、見た目お人様となんら変わらないけれども子は宿せない。
「子を産むのに何の意味があるの?」と修理師は喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
子がいなければ男女の絆しか持てない、逃げ道がなくなるという不安。
彼女は孤独とひとりで闘っていたのだろうか。
「…俺様、もしかしてしくじっちゃったのかな」
「佐助、」
修理師は苦虫をかみつぶしたような顔で自身の爪を噛んだ。
幸村は佐助を心配そうに見やる。
女は横たわったまま起き上がる気配すら感じられない。
「竜の血を貰えば」
「さすれば政宗殿の仕打ちすべてに幸福感が得られるのであろう?」
「そう、なんだけどね…」
女の躰は修理師の血と彼女の残っていた血とで形成されていた。
だから少なからずとも、楽しみやら幸福感、辛い哀しいとか、人の感情が残っていた。
「俺様が死ねば死ぬことになる、でも」
「佐助、それは」
「待たずともその器をちょいと弄って無くしちゃえば自由になれるよ」
「無くす?自由…」
女は修理師をぼんやりと眺めては黙り込む。
「よく考えて」
「まだ日にちはある故」
女は天井を見上げゆらゆらと頼りなげに「そうね」と一言だけ、告げた。
約束の日早く、政宗はひとり店へとやってきた。
「いらっしゃい」
「アイツは?」
政宗が待ちきれないとばかりに修理師に問うた。
店の中には修理師、幸村、政宗しかいない。
政宗が焦がれていた女の姿はそこにはなかった。
「ごめん、不良品だから…もうどうにも、」
「…ならそのままでもいい、連れて帰るぜ」
「もう壊しちゃった、修理するとき弄っちゃってさ、あっ!ちょっと!」
「…」
政宗は無言で立ち上がり奥の襖に近付いた。
すっ…と襖を開く
修理部屋の真ん中、女は預けた時と同じ着物を下に敷き裸のままで置かれていた。
ほかそうとしていた最中だったのか、右肩から腕だけがもがれている。
「おい、腕つけろ」
「…わかったから」
修理師ははぁ…とため息を吐き出し、政宗の目の前で女の右腕を嵌め込んだ。
「もう取り戻せないよ、甦ることはない」
自分の意志で眠ってしまったんだ、修理師は誰にも聞こえないくらい小さく呟いた。
政宗が襦袢、着物と女の手に通させ帯まで素早く器用に着付ける。
「ああ…それでも側に置いておきてえんだよ」
「竜の、」
「邪魔したな」
「政宗殿」
両手で女の躰をすくう。
目は閉ざされ柔らかい唇も軽く結ばれ夢見るように美しい。
抱き上げたときの甘い香りも重みもぬくもりもあの日と変わらない。
挨拶もそこそこに政宗は女を抱きかかえ連れ帰った。
そしていつもの部屋、いつもの定位置に座らせる。
「取り戻せねえだと?ンなのわからねえよなァ」
「…」
「生きているときと変わらねえのに…」
艶やかな髪に櫛を入れ、華やかな着物に着替えさせては身なりを整え、眺めては話しかける、そんな日々が過ぎた。
「…Ah?」
ある日、今日は何かが違うと、政宗は違和感を感じた。
畳に横座りしている位置にはなんら変化はない。
よくよく眺めれば閉じていた目は開かれ、口元も心なしか綻んでいるように取れる。
「…お前、目ェ開いてたか?」
「……」
女の瞳に映る自身を見、不思議に思った政宗は首を傾げ柔らかく微笑みかけ、唇を重ねた。
「ああ、早くオレの名を呼んでくれ」
等身大のお人形の唇は未だ開かれない。
(完)
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