修理師A/佐助+幸村
血と情事を思わせるものがございます。
「佐助、何をする!」
「…いっ、血が足りないから、さ」
修理師は右手に持った短刀の刃を左手の手首から肘の真ん中辺りに当て、ゆっくりと手前に引いた。
ぽたぽたと血が流れ落ち、女のぱっくりと開かれた手首の傷痕、唇に注がれていく。
その緋はとくり、と傷痕に流れ込み、紫色した唇は緋色に染まる。
修理師ともうひとりの男はじいっと女の様子を伺った。
「…やっぱり竜の旦那の血が、それとも」
「それとも、とは?」
修理師は横たわっている女の顔に近付き、唇を重ねた。
触れるだけの口付け。
修理師の唇も朱に色付くがその朱色を拭おうとはしなかった。
女のまぶたが微かに震える。
「ちょっと早く起きてよ」
修理師が声をかけ、女の柔らかそうな頬をぴたぴたと軽く叩いた。
青ざめていた顔色が少しずつ桜色に変わっていく。
そうして閉じていた目がゆうるりと開かれる。
女の顔には諦めの表情が染み付いていた。
「…何故、起こしたの?」
「俺様があんたをこさえたんだよ、いわば主だし」
「…」
「わかってるでしょ?不良品って思われちゃうと、ねえ」
女は手の甲で修理師の血の付いた自身の唇を拭った。
唇の横に薄らと赤い線が引かれる。
ぺろりと舌先で唇を舐める女の所作を修理師はぼんやりと眺めた。
「おいこの女を元通りにしてくれ」
「…いらっしゃい」
数ヶ月前、小十郎はひとりの女を抱えこの店にやってきた。
「…ダメ、血が足りない」
「ならば俺のを使え」
「そしたら右目が彼女の主になっちゃう」
「やはり政宗様の血が必要なのか?」
右目の血を取り入れ、口付けをしてしまえば右目に従順として還ってきてしまう。
この時だけ、修理師自ら血を分け与え、情事を行った。
「ちょっとだけ確かめさせて」
「…」
唇を重ね、首筋を舐め上げ、乳房を揉みしだく。
若く、柔らかで艶々した躰は美しい。
だが竜の旦那とは冷えていたのだろうか。
ながく彼と交わらなかったのか、肉唇は乾きぴたりと閉じてしまっている。
「…ひとりでほぐすこともしなかったんだ」
竜の旦那との肌の想い出は本当にぼやけていたのだ。
「…佐助」
赤い男、幸村の声で現実に引き戻される。
ああそうなのだ、血を与えるのはこれで二回目なのだ。
「はあ」と深いため息を吐いた修理師はいまだ仰向けに寝、天井を仰いでいる女を見つめる。
幸村が女の額に手を添え、こう問うた。
「いったいどうしたのだ?」
「そうそう、訳を聞かせてくれないと」
女が重い口を開いた。
「…人は年を取るものでしょう?ならば私は人じゃない」
ーー子を孕むこともない、時から取り残される。
ふたりの男は同時に眉根を寄せた。
(続)
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