可愛いあの子に餌付けをしよう/政宗
「Come here…」
「…?」
名前も知らない年上のお兄さんが指先でちょいちょいと私を呼んだ。
水曜日、金曜日の週二日、部活帰りに短時間だがアルバイトをしていた。
そのバイトを選んだ理由は同じ学校のお気に入りの先輩目当てという、とても不純なものだった。
学校から地下鉄に乗って一駅、駅直結の綺麗なオフィスビル内の簡単な清掃業務である。
委託会社の更衣室で学校の制服から与えられた作業服に毎回着替えてのお仕事。
これがまた本当に、本当に地味な服なのだ。
「くっ、先輩はどこにいるんだろ」
「お仕事行きますよ」
「…はーい」
担当は割り振られたフロアー内のゴミ集め。
「大丈夫?」
「重くないし平気です」
同僚(?)の仲のよいおじさんとにこにこ笑い世間話をしつつ、ガラガラとカートのようなものを引きながら机の横にあるゴミ箱を手に取り紙屑を集めた。
「…Ah?」
今日で何度目だろうか、残業をしているとゴミ収集する女子高生をみかけるようになった。
地味な、本当に地味な作業服を着てせっせと働いている。
いまどきの女子高生のアルバイトにしてはかなり地味なselectじゃねえか?とよくよく観察してみればある若い男に辿り着いた。
「…なるほど」
さながらあの男目当てってことか、
政宗はボールペンをくるくると器用に回しながら呟いた。
「お嬢ちゃん、これあげる」
「い、いえそんな」
ひとつ向こうの部署で「悪いですぅ」「いいのいいの気にしないで」と、やいのやいの声が聞こえた。
例の女子高生に女子社員がお菓子をあげているようだ。
「まさしくお嬢ちゃんだな」
ククッと唇を歪ませた政宗はそのお嬢ちゃんを目で追った。
時折、お目当てらしいその男の後ろ姿を見て「うはぁ」と悶絶しては躰をくねらせている。
「…アホか、オレの方が数段いい男じゃねえか」
ガラガラとカートの音がする。
それを押してくるお嬢ちゃんのポケットは膨らみ、ひょこりとお菓子の箱が覗いていた。
「Ha、まるで餌付けだな」
部活焼けなのだろうか、それでも少し白くなったのであろう肌にくりっとした黒の部分が多い瞳。
よくよく見ると可愛らしいタヌキみたいだな。
「…おいで、お嬢ちゃん」
「…?」
「これやるよ」
引き出しに入っていた、他の女から貰った菓子を不思議そうに首を傾げたままのお嬢ちゃんに差し出す。
その箱は蒼色の包装に黒と金のリボンで綺麗にラッピングされていた。
お嬢ちゃんは眼をぱちくりさせて「いやあ、これはさすがに…」と遠慮し、箱を押し返す所作をした。
「オレは甘いモノ苦手だしな、ほらありがたく受け取っちまえ」
「あ、あの…」
有無を言わさず、小さなその箱をお嬢ちゃんの空いているポケットに突っ込む。
さすがにお嬢ちゃんはびっくりしていたようだ、「ありがとう、ございます」と頬を薔薇色に染め、そそくさと仕事に戻っていった。
二日後、金曜日の残業中。
お嬢ちゃんはガラガラとカートを勢いよく引きながらオレのもとまで走ってきた。
やっぱり黒眼がちの、可愛らしいタヌキだ。
「どうした?お嬢ちゃん」
「あの!これお返しします」
「…あ?」
ずいっと蒼色の包装に黒と金のリボンでラッピングされていた箱が目の前に出される。
首を傾げていればそのお嬢ちゃんはこう言ったのだ。
「愛のカードが挟まってました。女の人から」
「…Oh」
「昨日の夜は素敵だったわ。と」
「…」
「だからこれは頂けません」
お嬢ちゃんは箱を机の上にそっと置いた。
そうして「素敵な夜だって…えへ、えへへへ」と例の若い男を見ながら悶え、デレた。
相も変わらず隣の部署でやいのやいのと女がお嬢ちゃんに餌付けをしている。
お嬢ちゃんも片えくぼを寄せ、嬉しそうに餌付けされている。
ーーそう簡単にはなびかねえか、来週の水曜日は何して餌付けしてやろうか
口元を綻ばせる。
そしてわざと皮肉に、声に出さない嘲笑で唇を歪ませ、蒼色の箱とカードをゴミ箱に放り投げた。
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