修理師その壱/政宗
「佐助!大変でござる!」
「どうしたの?旦那。ああまたそんな姿で出歩いて」
ひとりまったりと、ずずずとお行儀悪く音を立てお茶を飲んでいた佐助がちょこんと横に座る黒猫を見やる。
『旦那』と呼ばれた、六文銭をつけた赤い組み紐を首に巻くしなやかな黒猫はゆっくりと本来の姿に戻っていく。
旦那、もとい幸村は佐助に詰め寄りこう言った。
「骨董屋にだな」
「骨董屋?あのじいさんとこ?」
幸村は意を決めたように「うむ。とにかく行かねば」と頷いた。
その理由も明かさず、「痛いってば旦那」とごねる佐助の手を強く引き、急ぎ骨董屋へと向かった。
「じいさん」
「おお、佐助くんに幸村くん」
声のするほうに目を向けた骨董屋の店主の老人は佐助と幸村を見つけ、朗らかに笑った。
「あは。まだ生きてた」
「…相変わらずじゃのう」
ふたりの馴染みである骨董屋の店主は白髪はあるが腰はしゃんとしており、少年のように活気あふれている。
「…わしひとりだけ老いぼれてしまって。ふたりは変わらんのだな」
佐助と幸村のずっと、まったく変わらない姿を見て、老人はなれた調子で喉の奥のほうからふおっふおっと笑い声を押し出し始めた。
「で、じいさん」
「おお、そうじゃった。実は」
店主が視線を促した先には一体の人形が置いてあった。
「このお人形ですわ」
「…竜の、」
「あんたがこさえたお人形では?」
「ああ…」
椅子に座っている隻眼の男には見覚えがある。
その昔、確かに佐助がこさえたお人形だった。
目を閉じてはいたが端正な顔立ちの伊達政宗という名の男は背筋をまっすぐに伸ばし、両手を膝の上に揃えて置いている。
顎を引いたその姿勢のままでじっと座り続ける彼は、呼吸をやめたかのように少しも身動きしない。
「どうして」
「どういうわけかまわりまわってうちに来おったわ」
佐助は政宗の髪に触れる。
だが政宗はいっこうに目を覚ます気配はない。
「死ぬことはないんだけどなあ。自分の意志で眠っちゃってる」
「佐助」
「ずいぶんと長い時間をね、これはほかしたほうがいいのかも」
椅子の背もたれに背中を預け置物のように端然と座る政宗を眺め、佐助は小さなためいきを吐き出した。
「そのお人形、壊しちゃうんですか?勿体無い!」
「あ?」
「ご、ごめんなさい。イ、イケメンだから、つい」
佐助は聞いていると思わず笑みがこぼれる可愛らしい声の持ち主へと振り返る。
声同様、顔も可愛らしく頬を染め上げた女。
その姿に佐助は何かを感じたのか、にこりと口端を上げて笑い、こう告げた。
「ふぅん…ならあんたにあげるよ。今のあんたにはきっと必要になる。一人暮らし?」
「え?あ、はい。そ、そうですけど」
「運んであげる。車とってくる、家は近いの?」
「佐助、いったい、どうしたのだ?」
「…あとで話すよ。旦那は彼女と待ってて」
佐助は幸村の肩を軽く叩き、姿を消した。
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