日曜日


身体を動かす気力があまりわかない。

あの後神威は何も言わずに病室を出て行った。
今日は来ないだろう。
そんな気がした。

控えめなノックがした。

「どうぞ。」

返事を返すと見慣れた顔がそこにあった。
紛れもなく月の民。
自分の研究の手伝いをしている玉兎が入ってきた。

「随分早いわね。満月でもない日に無理やり回廊をこじ開けてきたのに。」
「えぇ、おかげで三日三晩…それ以上寝ずにみんな頑張ったんです…今も回廊への扉は開けたままにしてます。
しぐれ様よりも技術も何もかも劣るボクたちです。
保つだけで精いっぱいですよ…早く帰りましょう?」

思ったより仕えていた玉兎は頭がキレるらしい。
そう簡単に再現できる術式ではないのだから。

「帰らないわ。私が月に居なくとも、何も変わらないでしょう?」
「そんなことはありません。しぐれ様があってこそ、今の月の都はあるのです。
1週間の不在。それだけで多くの民が不安に感じております。」

どうしても、と懇願されても困る。
突っぱねるように対応せざるを得なかった。

「しぐれ」

声をした方に目を向けると、そこには神威がいた。
押し問答をしている間に入ってきたのだろうか。

「おや?君は?」
「…彼がここに連れてきてくれたの。」
「それはそれは。しぐれ様がご迷惑をおかけしました。」

玉兎は恭しく頭を下げたが特に何も言葉を返さなかった。

「いつからそこに?」
「…最初から、かな。そこの人が入ってったのが見えて、外で立ち聞きしてた。」

玉兎はすっと身を引き、部屋の隅に移動していた。

「そう。今日は来ないと思ってたわ。」
「…正直、来るか迷ったよ。」

ベッド横の椅子に腰かけると、俯いたまま黙り込んでしまった。
今日はなんだか沈黙がつらかった。

「神威は、なんで毎日会ってくれるんだい?」
「昨日言った通りさ。気になるんだ。どうしても…。」
「…でも、私は貴方の母親じゃないよ。それくらいはわかるでしょう?」

ちらりと玉兎のほうを見た。
口を挟むつもりはないらしい。

「きっと貴方の母親は幸せ者ね。そうやって悲しんでくれる家族がいるんだもの。
それに比べて私は、いてもせいぜいそこにいるような兎くらいね。」

ずっと生きてると、自分が生きてるのかわからなくなるのよ。
確かに、今こうやって迷惑をかけてるけど実際悲しむ人なんていやしないよ。
それに、退屈だったんだもの。後悔だってしてない。

「…悲しむ人ならいるよ。ここに。」

いつの間にか顔を上げていた神威は、まっすぐにこちらを見つめていた。

「確かに、しぐれはしぐれだ。
だけど、あの時救えなかったからこそ、救える命があるなら救いたい。
だから…しぐれには月に帰ってほしい。
会えなくなるのはちょっと寂しいけど、生きてさえいれば必ずまた会えるから。」
「…おかしいね。海賊ってのは奪ってなんぼじゃないのかい?」
「それもそうだね。じゃあこうしよう。
折角見つけた月攻略の糸口をそう簡単に失くすわけにもいかないから、俺に使われる為に生きろ。」

命令形で言葉をしめた割に、その表情はひどく不安そうだった。
捨てられた子犬…いや子ウサギのような姿にはもう限界だった。

「はぁ…負けたよ、完敗だ。かわいい子ウサギにここまで言われたらね。」

目を丸くしている神威の頭を無造作に撫でる。
玉兎に目配せをするとすぐに準備にかかり始めた。

「生きてさえいれば必ず会える、ね。そこまで言ったんだもの、死んだりしちゃだめよ?」
「勿論。一応団長でもあるからね。そう易々とは死ねないよ。」
「やっぱり、貴方も変わってると思うわ。私と同じね。」

空間を裂いて丸窓が姿を現した。
向こう側には待機していたのだろう、別の玉兎が牛車の手綱を締めていた。
こちらに気づくと恭しく頭を下げる。

「さあ、参りましょう。しぐれ様」

玉兎の手を取り、少しふらつく身体を支えてもらいながら牛車に乗り込む。

「神威、また会いましょう。」
「うん。今はさよなら。」

音もなく扉が閉まる。
完全に閉まった後も、しばらくその扉の向こう側を思い見つめていた。


*end*

→その後


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