学校という都合のいい場所がない私たちは困り果てていた。明後日なら親がいないから、って彼に提案したらいいのかよ、って言葉が返ってくる。自分でもわからなかった。いいのか悪いのかなんて。でも彼と一緒にいたくて。
夏休みの課題をやろう、と一応は理由をこじつけるが、会えるのならばなんだってよかった。お昼を過ぎた頃に岩泉さんがやってきて、部屋に通す。
「暑くないですか」
「涼しいよ、快適」
夏の暑さはピークに。じりじりと音がするような日差しが肌を焦がす。冷房をつけておいてよかった。一応、部屋も掃除したし、不備はないはず。
「あ、そうだ。これ冷凍庫入れといて」
「え、なんですか」
「アイス。食うだろ?」
溶けてるかもしんねぇから後でなってそれを押し付けられて。ありがとうございますって言って彼を見上げる。
「…アイスくらいで喜ぶのな」
「す、すみません。図々しくて」
「いや、そういうことじゃねぇから」
もう一度お礼を言って、それをしまって。部屋に戻ると彼はきょろりと私の部屋を見渡していた。
「落ち着かない、ですか」
「いや、なんつーか、」
俺の部屋と全然ちげぇから、ってぼそり。それはいったいどういう意味なのだろうか。
「恥ずかしいんで、あんまり見ないでください」
彼と向き合う位置に腰をおろして、さしてやる気のない課題を取り出す。そうすると彼も綺麗なままのプリントや課題をテーブルの上にどさりと置いた。
「…もしかしてやってないんですか」
「やるわけねーだろ」
「終わらないですよ」
「終わったことねぇよ」
なんだそれ、と思わず笑ってしまう。一応、答えでも友人のものでもいいからうつせばいいのに、それさえしないというのだろうか。
「なに笑ってんだよ」
「だって、岩泉さん開き直り過ぎですよ」
それから、ぽつぽつと会話を交わしながら小一時間ほどそれらを進めただろうか。いや、もうちょっと頑張ったかもしれない。彼の呻く声が多くなったので、休憩しますかって自ら提案する。
「岩泉さんが持ってきてくださったアイス、食べてもいいですか?」
「おー、いいよ」
テーブルに手をついて、立ち上がろうと力を込めた時だ。手首をくっと掴まれ、彼の方に視線をやると、いつもよりもぎらりとした目で。
「なまえちゃんさ、」
「はい、」
「わざとやってんのかよ、毎回」
Tシャツの襟ぐりをぐい、と引かれて。ひゃ、と間抜けな声が出る。
「見えっから」
気に入っているからこそ、何度も着用して何度も洗濯を繰り返したTシャツ。胸元がゆるりとだらしない様子で。前屈みになるとどうやら肌が覗くらしく、彼にそれを指摘される。慌てて隠そうと、岩泉さんの手を払った。
「やだ、」
「…嫌なら見せんなよ」
一応男なんだからなって乱暴な声で言われた。そんなのわかってるって言いかけてやめる。なんか、岩泉さん、怒ってるし。
「…泣いてんじゃねぇよ」
恥ずかしいからか、彼の声色に驚いたのか、それとも自分にさして興味のなさそうな彼の態度が悲しいのか。どれに当てはまるのかわからなかったが泣いていた。はぁ、ってため息をつく彼。
「だいたい、いつも無防備すぎんだよ」
「だって、関係ないもん、」
「はぁ?」
「誰も、見てないもん」
「いや、見てっから普通に」
もうちょっと自覚しろよって彼は呆れたように私に言って。そのまま唇を重ねる。テーブルが邪魔で、身体を寄せることができないから乗り出して顔だけ近付けて。
「こっちだって色々我慢してんだよ」
「…え?」
「んなもん見せられたら抑えらんねぇだろうが」
ずい、と私との距離を縮めた彼。口を開けろと指示が出るので大人しくそれに従った。控えめに口を開くと、彼の唇が私の下唇をはむり、と捉えて。
「ん、っ」
「…てめぇのせいだからな」
てめぇ、なんて言われたのは初めてではないだろうか。そのまま訳のわからないちゅくちゅくとした口付けが私をどろりと溶かしていく。
なにこれ、ドキドキする。岩泉さんにそう伝えたかったけれど、呼吸さえままならないのでそれは難しそうだ。ぎゅうと目を閉じて、その感覚に耐えることに専念した。
2016/03/04