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「#エロ」のBL小説を読む
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「夜分にすみません。みょうじです」
「…なんで、」
「近々、会えませんか」
「…いいの?」

か弱い、女の子みたいだった。消えそうな細い声。弱ってるなぁ、と他人事のように思った。岩泉さんの話から予測すれば、9割方私のせいだ。

「話したくて」
「、ありがとう」
「え?」
「電話、くれて」

何だか及川はまともに話せる状態じゃなかった。明日の夜に、とさっさと予定を組んでしまう。いつも話の主導権は及川なのに、今は完全に私が握っていた。

それは当日も変わらなかった。及川は殆ど口を開かず、車内には色っぽいジャズが流れている。今まで車内は喧しくて賑やかだったので、BGMを気にしたことなんてなかった。毎回これが流れていたのかさえ判断できない。

「話も聞かずに勝手なことをしました。すみませんでした」

及川が車を停めたレストランは、きちんと個室があり話しやすい雰囲気だった。カジュアルな和食屋さん。この雰囲気を利用し、先手を取る。

「えっ、いや、」
「飛雄から聞いて」
「…トビオ?」
「あ、えっと…店のアルバイトの」
「影山くん?」
「はい。それで、及川さんが、綺麗な女性と歩いてたって」

嫉妬しました、と告げた。思ったことを、正直に。及川は私が突然頭を下げたことに動揺している。

「及川さんが軟派だって知ってたのに、悔しくて」
「それで、連絡取れなくなったの?」
「それで、ですね」
「…そっか、」

及川はしばらく黙った。私も黙った。2人でたいして食欲もないのに、単調なリズムで料理を口に運ぶ。

「あの、」
「なんですか?」

及川は気まずそうに口を開いた。まぁ、それはそうだ。こちらだって気まずいのだから。

「言い訳してもいい?」
「どうぞ」
「全部、切ったの」
「何を?」
「…繋がり?」

及川の話はこうだ。
私と初めてデートをした日。あの日から始めたらしい、今まで関係を持った女性と関係を終わらせることを。大抵の人は電話や文章で終わらせたのだが、付き合いの長い女性は納得せず、直接会って説得した、と。

「あの日、2人で会って思ったんだよね。もうなまえちゃんがいてくれれればいいって。だから全部終わらせなきゃって思ったの。何も伝えてなくてごめん。あの人が、最後の1人だったから」

及川は携帯のロックを解除してこちらに寄越す。

「もうなまえちゃんしかいないから、女の子。いや、仕事関係で登録してる人がいるか…不安だったらいま電話してみても「…本当なんですか、私に言ったこと」
「…え?」
「別に、いいんです。及川さんが軟派なのは仕方がないし、それだけかっこよくて優しければ当然モテるって、そのくらい私にもわかるから」
「…俺は、なまえちゃんが好きだよ」

携帯のメモリーなんてどうだっていい。及川さんがそう言うなら信じたい。
そう彼に伝えた。

「なんか、私、ごめんなさい。勝手に勘違いして」
「…信じるの、俺の話」
「嘘なんですか?」
「いや、嘘じゃないけど」
「それならいいじゃないですか」
「…まぁ、そうなんだけど」
「すみませんでした。連絡、無視したりして」

及川はようやく、クスリと笑った。目尻がほんの少し下がる。笑顔、久しぶりに見た。

「そんなに謝らないでよ」
「大人気なかったなって、」
「ハタチで大人気ないもなにも、」
「それはそうなんですけど」
「俺、意外と信頼されてるんだね」
「意外ですよね」
「ありがとう」
「え?」
「俺、全然信用されないから。女の子に」

でしょうね、と相槌を打つ。ひどいねぇと彼はまた控えめに笑った。先日とは違った笑顔。相当、堪えたようだ。申し訳ない気分になる。

「私、信じてますから」
「ん?」
「及川さんのこと、信じてます」

何を言っているんだろう。我ながらそれが面白くて笑えた。出会ってまだ1ヶ月程。会ったのは数回、片手を少し出るくらいだ。そんな男に信じている、なんて。その言葉が信じてもらえるわけがないんだ、普通は。でも目の前の男は違った。

「…ありがとう」

彼は目を潤ませてそう言った。その辺のドラマの主演女優より綺麗だと思った。

2016/01/25