「ねぇ、なんで急に電話くれたの」
帰り道。するすると車を操りながら及川は私に聞いた。
「え?聞いてないんですか」
「…なにを」
「岩泉さん、お店に来てくれたんです」
「え?!いつ?」
「電話した日ですね。昨日」
うわぁ…と声を漏らす彼。なんだ、知らなかったのか。というか、及川が岩泉さんに頼んだんじゃないのか。
「親切な方ですね」
「いま凄いビックリしてる…まさか…岩ちゃんが…」
「及川さんが岩泉さんに泣きついて頼んだと思ってました」
「いや、相談はしたよ?今まで遊んでた子と縁切ってるっていうのも話したし、なまえちゃんに無視されてるってことも伝えたけど」
まさかそこまでやってくれてるとは思わなかった、と続ける。
「かっこいいですね、岩泉さん」
「…なまえちゃん、やたら岩ちゃんの株高いよね」
「素敵じゃないですか」
「…まぁね、そうだけど」
「拗ねるのやめてもらえます?」
「拗ねてないもん、」
大人なのか、子どもなのかよくわからない。そんな彼が可笑しくてくすりと笑う。やっぱり、BGMには気付かない。こうして、賑やかな車内はやはり居心地が良くて。
「いつもすみません、家まで送っていただいて」
「どういたしまして。…ねぇ、」
「…なに?」
車から降りようとすると、及川はまた私の腕を掴み、引き止める。こいつの特技なんだろうか。腕を掴んで拘束する。馬鹿みたいな特技だ。
「なんでいつも腕掴むんですか」
「ちょっと、真面目な話だから」
「及川さん真面目な話なんて出来るんですか」
いつもなら何か言い返してくるはずなのに、何も言ってこない。訳のわからない空気になる。色っぽいジャズが、また聞こえる。
「俺、なまえちゃんが好き」
「わかりましたって。さっきも言ってたじゃないですか」
「なまえちゃんは?」
「…え?」
「なまえちゃんは、俺のこと好き?」
ずるい。そんな目でそんなこと言われたら、何も言えなくなる。ばくんばくんと動く心臓。心音が彼に聞こえているのではないだろうか。
「…聞いてる?」
「なんなの、」
「ん?」
「わかってるくせに。知ってるくせに…!」
「えっ、ちょっ、な、泣かないで!痛かった?!」
緊張感からか、恥ずかしさからか、ボロリと涙が溢れる。彼は掴んでいた腕をパッと離し、動転したのか声を大きくした。夜分なのでやめていただきたい。何でこの男は私のことを好きになったんだろうか。Sランクの、上質な男。
「なんでそんなこと、改めて聞くの、」
「えっ、だって…ちゃんと告白してなかったし…普通こうじゃないの?」
「この間のキスは?順番可笑しくない?」
「…ごめん。それは本当ごめん」
我慢できなくて、と及川は一言付け加えた。私の涙を長い指ですくう。
「ごめんね。俺、不安で」
「…なにが、」
「なまえちゃんが俺に嫉妬したなんて信じられないの」
「なんで私が及川さんに嘘つかなきゃいけないんですか」
「…だって、」
及川が視線を落とす。あんなに強気な彼が、私の気持ちがわからないと嘆く。なんなの、この人。彼の指に自分の指を絡め、言う。
「好きになったみたいです」
「…え?」
「及川さんのこと、好きに、っ」
最後までこちらの言葉を聞かず、彼は唇を重ねてきた。車内は静かなのに、流れているはずのジャズはなぜか耳に届かない。目の前の彼に、どぷりと溺れているからだろう。
2016/01/25