エリートチャラリーマン | ナノ
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「…!なまえちゃん、なまえちゃん!」

彼との連絡を絶って、2日程だろうか。仕事終わり、背の高い男が店の近くで佇んでいた。もちろんその存在には気付いたが反応することはしない。
駅に向かって歩き出すと彼もこちらに気付いたようで、声を掛けてくる。じとり、と彼を見て、視線を逸らした。まぁ、そうくるだろうなぁと思っていたので驚くこともなかった。

「ねぇ、なまえちゃん!」
「…なんですか」

無視をしてツカツカと歩いているのに、彼はどこまでも私を追ってくる。もう何度名前を呼ばれたかわからない。一度歩みを止めて彼と向き合った。ひどく、必死そうな顔だ。

「っ、俺、なんかした?」
「なんで来たんですか」
「なんでって、」
「本当、もう関わらないでください」

及川は意味がわからない、とでも言いたげな表情でこちらの様子を伺う。何か言葉を発しようとしているが、うまく文章にできないようで。あの饒舌な男が、嘘みたいだった。

「なんで私なんですか」
「…好きだからだよ、そんなの」
「うそつき」
「嘘じゃないって」
「…誰でもいいくせに」

そう吐き捨てた。呆然とする及川を放置し、駅のホームに向かう。これでいいんだ。これで。こうしてしまえばもう傷付くこともない。ドキドキする必要も無い。これ以上、好きになることもない。
そうやって及川との繋がりを断ち切って、1週間ほど経った頃だ。

「あ…」
「こんばんは。1人なんだけど」
「こんばんは…カウンターにご案内致します」
「何時に上がるの?」
「今日はもうすぐです、20時…」

岩泉さんだった。仕事終わりらしくスーツ姿。暗いグレイのジャケットとパンツに新品みたいに真っ白なシャツ。淡いピンクのネクタイ。もう10分程で仕事が終わると伝えると、岩泉さんは少しも考えずに言う。

「じゃあ付き合って。奢るし」
「えっ、でも、」
「いいから。とりあえず生1つお願い」
「つ、は、はい」
「…別になんもしねーよ」

挙動不審な私が可笑しかったのか、彼はケラリと笑った。あぁ、こんな顔で笑うんだ。そう思って少し見惚れた。

「…なに?」
「えっ、いや、あの、そんな風に笑うんだなぁって」
「なんだそれ。笑うわ」
「生ですね、すぐお持ちします」
「ごめんね、よろしく」

岩泉さんと会うのは少し久しぶりだったので、何となく距離感が掴めなかった。それに、彼と会う時は必ず及川が一緒だったから。

「お待たせいたしました。これ、よかったら。店長からです」
「うわ、まじ。ありがとう、すげぇ旨そう」

店長にお世話になってる方が来てくださって、と話すと幾つか料理持って行きなと促された。脂の乗った鰤の刺身やだし巻き卵、大根サラダ。簡単なものばかりだったが、彼は大袈裟に喜んでくれた。

「あの、本当にいいんですか?ご一緒して」
「あぁ、うん。そんな長いこと拘束しないから」

厨房に戻ると上がっていいよ、と声を掛けられる。制服から私服に着替え、また店内へ戻る。

「おぉ、お疲れ」
「お疲れ様です。隣、すみません」
「どーぞ」

岩泉さんは私になんてさらさら興味はなさそうで、食事を続けていた。なぜ誘われたのかさえわからない。

「なまえちゃんビール?」
「えっ、いや、私は」
「成人してんだよね」
「はい、でもビールはまだ飲めなくて」
「あー、甘いのなら飲めんの?」
「えっと、はい、一応」

岩泉さんは飛雄を呼ぶとメニューから幾つか料理を頼む。

「ねぇ、この子何飲むの」
「…果実酒よく飲んでますよね、桃の果実酒」
「じゃあそれも」
「はい、かしこまりました」

なんと言うか、男っぽいなぁと思う。強引で、こちらの有無なんてほとんど気にしない。普通ならイラっとするのかもしれないが、相手が彼だからなんなのか、寧ろ魅力的だと思えるほどだ。

「岩泉さん、かっこいいですね」
「なんで」
「なんか、よくわかんないですけど」
「雑かよ」
「いや、違くて、上手く説明できないんですけど」

そして飛雄はいつの間に私のアルコールの好みを覚えたんだろうか。まぁ桃よりも林檎が好きだが、そこはどうだっていい。私の分の飲み物が運ばれてくる。

「はい、乾杯」
「…乾杯」

カシャリ、と控えめにグラスをぶつけた。岩泉さんはもう殆ど残っていないビールを飲み干したので、私は飛雄を呼びつける。

「岩泉さん、ビールですか?」
「うん、ありがとう」
「生ビールですね、かしこまりました」

合コンの時のことは殆ど覚えていないが、及川と2人で来店した時も岩泉さんはそんなに多量のアルコールを摂取している覚えはなかった。ペース、早くないだろうかと心配になる。

「俺となまえちゃんの共通の人間てあいつしかいねぇから勘付いてると思うけど」

そうなのだ。岩泉さんが私個人に用があるはずがない。乾杯から間髪を入れずに本題に入ったようだ。岩泉さんらしいなぁと、たいして彼のことを知りもしないのに判断した。

「及川が喧しくてさ。なまえちゃんなまえちゃん、って。急に連絡取れなくなったって聞いたんだけど、なんかされた?それともあいつが大袈裟なだけ?」

岩泉さんはこちらをじいっと見つめてそう聞いた。答えに詰まっていると彼は続ける。

「俺、初めて見たから」
「何を、ですか」
「1人の女の子に執着するあいつ」
「…お二人、幼馴染なんですよね?」
「うん、そうだけど」
「幼馴染なのに、ですか」
「そうだね、幼馴染なのにね」

目の前の彼は相変わらず淡白に返事をする。黙っている私を見兼ねてか、また言葉を発した。

「だからなまえちゃんは特別なんだろ」
「特別、ですか」
「ある程度知ってると思うけど、あいつ本当軟派で。女癖も悪りぃし、毎日取っ替え引っ替えって感じで。俺も何回か巻き込まれたし」

過去のことには特にこだわらないので気にしないが、私が思っていたより、彼は酷いようだ。まぁそんな及川を想像するのは容易い。言ってしまえばあの男はそれがピタリと似合ってしまうのだ。

「…あんま嫌そうじゃないね」
「え?」
「及川が軟派だった、っての」
「…昔のことはいいんです」
「若いのに悟ってんね」
「及川さん、1週間位前に女の人と歩いてたらしくて」
「…は?」

あぁ、口に出してしまった。本当はこんなこと言っちゃいけないんだ。自分の心の中に留めておかなくてはならないのに。

「さっきの、バイトの男の子がこの辺で見たって」

今度は岩泉さんが黙った。相手が黙ると、何故かこちらが饒舌になってしまう。

「綺麗な人だったって聞いて、嫉妬してるんです。及川さん、私のこと好きだと思ってたのに、それは私の勘違いで。誰でも良かったんだなぁって」
「…1週間前だろ、それ」
「え?」
「いや、俺の口から言ってもしょうがねぇか」

あー、と苛立った様子の彼は頭を抱え込む。すみません、と思わず謝罪した。

「あー、いやいや。ごめん。ちげぇんだ、なんつーか」
「え?」
「まぁいいや。それ飲んだら出るべ」
「っ、は、はい」

岩泉さんは面倒くさそうで、でもどこか嬉しそうで。会計も割り勘にしようと提案したが、彼はさっさと支払いを済ませてしまった。

「すみません、私」
「ん?」
「岩泉さん巻き込んで、ご馳走になって」
「いや、及川に巻き込まれてるだけだから」

駅まで送る、という提案も拒否したが、彼が意見を曲げることはなかった。俺の家もそっちだから、と付け足される。

「俺からお願いなんだけど」
「なんですか?」
「1回でいいから、あいつの話聞いてやって」
「…岩泉さん、優しいんですね。及川さんの為に、わざわざこうやって」
「…あいつうるせぇから。それだけ」

照れたような彼の表情は、どこか新鮮だ。
それからも殆ど会話はなかったが、不思議と気まずさはなかった。数分歩いて、最寄りの駅に到着する。

「ごめん、駅までで。気を付けてね」
「とんでもないです。本当、すみませんでした。わざわざ、ありがとうございました」
「いーえ。おやすみ」
「…おやすみなさい」

岩泉さんと別れ、電車内へ。頭の中は及川のことばかりだった。私は彼の特別なんだろうか。とてもじゃないが、そんな風には思えなかった。家に着いてからも同じことで頭の中はいっぱい。苛立ちからか、ヤケクソなのか
着信拒否を解除し、なんとなく見覚えのある番号を呼び戻す。通話ボタンを、押す。

2016/01/25