エリートチャラリーマン | ナノ
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お店はガラリとしている。天候が優れないからだろうか。洗いあがったワイングラスを飛雄と拭き上げている時だ。彼は思い出したように問う。

「なまえさん、付き合ってるんスか」
「はぁ?」
「及川さんと」
「…なんで名前知ってるの」
「この間、なまえさんいない日だったんスけど、いらっしゃって」
「この前の火曜?」
「あー、そんくらいっスかねぇ」

飛雄の記憶は曖昧だ。多分そんなに考えずに返事をしている。いつものことだから、気にしない。

「飛雄ちゃんに絡まなかった?」
「なまえさんのことめちゃくちゃ聞かれましたよ」
「よく名前まで覚えたね」
「名刺貰いました。すげぇ有名な会社に勤めてるんスね」

なぜ彼が飛雄に名刺を渡すのか。まぁどうせ自分がエリートだということを飛雄にアピールしたかったのだろう。及川は、いじらしくて可愛い男だ。

「絶対連絡してくるなよって釘刺されたんですけどね」
「…じゃあ渡さなきゃいいのにね」
「つーか、その次の日…くらいにも来てたじゃないっスか。店」
「あー、うん。来てたね。まぁ飛雄ちゃんがシフト漏らしたからだけど」
「本当に付き合ってないんスか?」
「しつこいなぁ、付き合ってないよ。付き合ってたらわざわざ飛雄ちゃんに絡んでシフト聞いたりしないでしょ」

彼はどうも私と及川の関係が気になるようだ。それもそうだ、私だって彼との今の関係をうまく話すことなんてできない。
私の呆れたような声に安心したのか、飛雄は話出す。

「じゃあ、週末一緒にいた方が彼女スかね。仲良さそうに歩いてた人」

どくん、と心臓が跳ねる。こんなことばかり頭がまわる私は、精一杯平然を装って飛雄に聞く。

「あはは、あの人チャラいからね」
「そうなんスか?」
「それにしても飛雄ちゃん、よく覚えてるね」
「あー、なんかすげぇ美男美女で。こう…目がいく、というか。そんな感じだったんで」

そうなんだ、と適当に相槌を打った。ぐるぐる、言葉が脳内を埋め尽くす。目の奥が熱い。

「あ、ごめん飛雄ちゃん。裏片付けてくるから残りお願いできる?」
「うス」
「よろしくね、欠けがないかも見てね」

バックヤードに逃げこむ。
なんで苦しいんだろう。なんで悔しいんだろう。なんで切ないんだろう。必死に唇を噛んで耐えた。
あの男のことなんて、わかっていたじゃないか。こういう人だって。なのに、なんで。

仕事終わり、及川はいつも通り連絡を寄越していた。それを読むこともせず削除し、もう連絡が寄越せないように設定をした。電話も同じで着信拒否。貰った名刺は保管しておいたのだが、家に帰ってビリビリとちぎって捨てた。

わかっていたじゃないか、はじめから。及川は軟派で、女なら誰だってよくて。1人の女に絞るわけがない。
そうわかっていたはずなのに。
あの時の表情も、言葉も声も、あのキスも。全部深い意味なんてなかったんだ。彼の気まぐれで、それに私が過剰に反応してしまっただけだ。

ばかみたい、と自分を嘲笑って布団を被った。
もうずっと瞳の奥がチリチリと熱い。泣いてしまったら、彼のことが好きだと認めているみたいで。そうわかっているのに、涙はポロリと流れる。彼のことが好きだって、もう自分でもわかっているから。

2016/01/25