エリートチャラリーマン | ナノ
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そもそも、疑問だったのだ。及川がチケットを買った映画は、有名なハリウッド女優が主演のもの。如何にも“恋も仕事もがんばる女子”を応援するような所謂おしゃれ映画。男性が好みそうな内容ではない。私は以前から見たいと思っていたものだったが、及川が自ら見たいと言い出す作品だろうか。どんなにがんばっても、そんな風には思えなかった。
映画が終わり、予め彼が抑えていたレストランに移動。用意周到。及川はトレンチコートを車内に置いて店内へ。これまた洒落た店内だが比較的カジュアルな雰囲気だった。まだランチタイムだし、ドレスアップしていなくても問題なさそうだ。

「映画、本当に気になってたんですか?」
「え?何が?」
「さっきの映画」
「面白くなかった?」
「私はとっても面白かったですよ」
「じゃあいいじゃない。俺も面白かったよ、とても」

疑問をぶつけてみたが、そういえば苦手なものある?と話題を逸らされた。大丈夫です、と返答する。
及川は私が好きそうな映画を敢えて相談もせずに選んだのだ。何と言うか、女慣れしてるよなぁとペリエを一口含みながら思考を動かした。

「なまえちゃんってたくさん食べられる?」
「食べますよ」
「よかった、コースにして」
「普段お食事なさってる女性は、アラカルトで充分なんじゃないですか?」
「ん?俺、女の子と2人で食事なんて何年もしてないよ」
「あんなに合コンして?」
「あんなにって…1回遭遇しただけじゃない」

少し苛立っていた。目の前の容姿端麗で女に慣れている男に。別にこんなことが聞きたいわけじゃないし言いたいわけでもない。なのに止まらない。また炭酸水を一口喉に流し込んで、続ける。

「食事もしないってことは、そのまま直ぐしてるってこと?」
「昼間から大胆なこと聞くね、なまえちゃん」
「否定しないってことは図星ですか?」
「うん、そうだね。無駄なこと嫌いだから、やることやってサヨナラ、って感じだけど」

品のいいウェイターは美しい器を静かに置く。旬の前菜の盛り合わせが届くと、及川はいただきます、と呟き食事を開始した。話題なんて気に留めていないかのように。

「よく言われませんか、最低って」
「何回も言われた」
「でしょうね」
「別になに言われてもいいと思ってたから」

なまえちゃんも食べなよ、と促される。今はそれどころではないと反抗しかけたが、また言葉を飲み込んだ。及川は音を立てず食事をし、こちらをキチンと見て言葉を続けた。

「でも、なまえちゃんにはそんな風に思われたくないって、思うよ」
「…はい?」
「軟派だとか、チャラいとか、女癖悪いとか、全部ひっくるめて勝手に言ってればいいじゃんって、この間まで思ってたから。そう言われるだけのことしたし」

茸や南瓜、人参に蓮根。今時期の野菜はどれも味がよく、あまい。及川は一体何が言いたいのだろうか。それを考えつつ食事を味わうのは私には難しかった。及川の言葉を待つ。

「こんな気持ちになったことなくて、今日誘ったの」
「こんな気持ち?」
「性欲抜きで、女の子に会いたいと思った」

こいつは公共の場で(しかも食事の席で)何を言っているんだろうか。やはり少し頭がおかしいのだ。

「何で引いてんの。なまえちゃんが言わせたんじゃない」
「私には色気がないってことですか」
「違う。色気はある。好きなんだって。何回も言ったじゃん」
「軽いんですよ、色々」
「だからこうやってデートして信頼を築いていこうとしてるんじゃない」
「及川さんの好きって言葉は今のところ空気よりも軽いんですよ」

あはは、と及川は笑い、ナイフとフォークを定位置へ。食事を続ける私をじい、と見る。

「…何ですか」
「楽しいなぁと思って」
「よかったですね」
「うん、なまえちゃんと一緒だと楽しいね。及川さん、とても嬉しいよ」

私も前菜を食べ終えた。間も無く、ウェイターはリズムよくポワソンを持ってくる。及川につられて、私も少し笑った。調子狂うなぁ、もう。

2015/10/24