馬鹿騒ぎ、という言葉がしっくりきた。毎年のことなので気にもならない。会社近くの小さな居酒屋だ。
赤葦くんの歓迎会。本人はそれなりにアルコールに強いらしく、もうへばってもいい頃なのに未だ顔色を変えずニコニコと上の人間と話していた。ザルなのだろうか。
私は部署唯一の女なので、瓶ビールが手放せず、お酌に回るばかり。いい加減口角を釣り上げるのにはうんざりしていたが、明日は休みだし大目に見てやろう。私もまだ若手ということもあり、飲めと促される。アルコールにはめっぽう弱い。頭がぐらぐらとし出すので一時離脱。
「大丈夫ですか」
「…赤葦くん」
顔が、身体中が熱くてふらっと外に出た。店の前のベンチにストンと腰を下ろす。狭い路地、入り組んだ場所の為外に人間の気配はない。まだ夜は少し肌寒くて、冷えた風が心地よい。このまま帰ってもいいだろうか。そんな風にも思ったが無駄に強い正義感がそうはさせなかった。暫くした頃、頭上から声がした。新入社員の彼だった。
「水、貰って来ましょうか」
「だいじょうぶ、暑いだけ」
「耳まで赤いですよ」
「赤葦くんザルなの?」
「多少酔いますけど、まだ大丈夫です」
「大変でしょ、あの人たち」
「まぁ、なんと言うか…」
彼は言葉を濁らせた。だろうね。濁らせたくもなるよ。
「みょうじさん弱いんですね。強そうなのに」
「普通の女の子よりは強いよ」
「結構飲んでましたもんね」
「毎回のことだから。もう直ぐお開きだろうし、我慢しないとね」
そうですね、と彼。器用な子なんだ、と判断した。多分、こういう場もあまり好きではないんだと思う。でも、ニコニコしてなければならない場ではきちんと笑顔をつくる。私なんかに興味もないだろうに、こうやってちゃんと“心配いしてます”って顔をして寄ってくる。根っこの部分は未だよくわからないが、うまく世間を渡っていけるタイプだ。
「みょうじさん、寒くないんですか」
「だから暑いんだって」
背丈がどれくらいなのか。出身はどこなのか。誕生日は?血液型は?
彼女、いるの?
色々聞きたいことはあったが、とりあえず口は動かさずに彼の左手を取り、自分首の首の辺りに持ってくる。ひやり、とした手が、ぐんと表面の熱を下げたが、心臓はどくりと早くなる。自分でやっといて、だから情けない。
「ね?熱いでしょ」
なにするんだこいつ、という目で見られて、思わず笑った。十代の頃はこんなこと絶対にできなかったのに。拒否しないのをいいことに、私はそれを首から頬に持ってきた。
「…熱いですね」
数秒遅れてそう言った彼は、私に拘束されていない右手を自らの意思なのか、酔っ払って判断力が鈍っているのかは知らないが、私の頬に持ってくる。両頬が、冷たい彼の手で包まれた。この子、こういうことするんだ。
2016/01/28