既婚者松川 | ナノ
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「みょうじさん、聞きました?」

木曜日。明日飲み会あるけど来きます?と誘ってきたのはなまえと同い年の上司だ。歳は同じだけれど、社歴は向こうの方が上である為、なまえも、その上司もお互いの距離感がわからず、未だに敬語で会話をする。

「え、っと…」
「あ、一部ですよ!私たちと、営業部の」

名前が上がったのは同部署の女性の名前がなまえと、なまえに声をかけた女性含め3人と、他部署だがよく一緒に仕事をする営業部の男性2人に女性1人。合計6人。男女比は2対4。

「急だよね、大丈夫?」

10歳近く年齢の離れた同部署の女性がぬっと顔を出し、そう問われた。アルコールにめっぽう強く、永遠とビールばかり飲んでいる女だ。ビールがほとんど飲めないなまえにとっては彼女の酒の飲み方は異常だった。自分があと10年経って、彼女と同じ年齢になったところであぁなれるとは思ってもいない。

「明日…ですよね。大丈夫です。逆に、私いてもいいんですか?」

だめだったら誘わないよ、と2人は笑った。なまえはまだ、この会社に勤めてから半年ほどしか経っていなかった。新卒での入社ではないので、右も左も分からないというわけではないが、まだまだ不慣れなことも多く、どうしようかと迷った作業があれば2人に尋ね、仕事を進めている。こういった誘いはちょくちょくあったが、未だに自分が参加することに違和感みたいなものを感じていた。

「松川さんが店決めてくれるらしいから、時間とか場所とかもうちょっと待ってて」
「なんか最近駅前にできたイタリアンバルにする〜とか言ってたんですけど」
「そうなんだ。もう決めたのかな」

女たちはふわふわと話を続ける。ふと疑問に思ったなまえは、何気なしに尋ねてみた。

「急に、決まったんですか」
「そうそう。松川さん、明日から奥さんいないから飲み行こうって」

あぁ、そういうことか。そう納得した。
春先にあった歓迎会で、松川の“家庭のジジョウ”はなんとなく知っていた。本人が自ら、自虐ネタのように話していたからだ。よくテレビとか雑誌で見られるようなものだ。
例えば、寝ている最中携帯電話の指紋認証を解く為に自らの指を使われているとか(気付くが寝ているふりをしているらしい)カーナビの履歴をチェックされたり、財布の中身(主にレシート)を見られたり。
奥さんの束縛が結構すごくてさ、やばくない?と笑う松川は、もうその状態にも慣れているようで特に気にしている様子もなく、ヘラヘラとそう話していたんだ。

もとより、なまえは入社当初から疑問だったのだ。
よくこちらの部署に顔を出す松川は、スタイルも良く顔だって整っている。濡れたような黒髪と瞳が印象的な男。年齢を聞けばまだ20代半ばを過ぎたところ。なのに、スラリと、ゴツリとした美しい指に目を落とせば、左手の薬指にシンプルなシルバーリングだ。めっぽう驚いた。なんで結婚なんかしているんだろう。さぞかしモテるだろうし、こう言うと悪口のようだが、おそらく遊び人であろう人が、なんで。
失礼だよなぁ、とそう思い、それにまだそんな突っ込んだ話ができるほどの間柄でもない。そう判断したなまえはその疑問は胸にしまってあまり気にしないようにした。だって、この女は色男にめっぽう弱いのだ。なまえだけじゃない。この会社の女性陣ほとんどは、松川のなんとも表現できない妖艶さを魅力的に思っていた。おそらくあのシルバーリングさえなければ、多量のアプローチがあるだろう。それを封じ込むのだから指輪の効力はすごいのだ。

2016/09/27