ミヤギにハマってさあたいへん | ナノ
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「友だちも言ってたんです、体育館で助けていただいた時に。宮城先輩格好よかったよねって」
「……助けた、っつーかちょっと声掛けただけだけどね」

自販機の前、人は疎で比較的静かだった。
ナマエは意外にも、抜かりない女だ。通話を終了させた次の瞬間には、胸ポケットに入れていた可愛いピンク色のグロスをちゃちゃっと塗布し、んぱっと唇に馴染ませる。以前友人から誕生日に贈られたものだった。これから食事をする。すぐに落ちてしまうことはわかっている。無駄な足掻きではあるが、それでも、ほんの少しだけでも可愛いと思ってもらいたい。女の慎ましく、愛おしい努力だった。

* * *



「じゃあ、宮城先輩のオススメが食べたいです」

そうやって「可愛い」を自らに施したナマエを横に、宮城は思う。結構やばいかもしれない、と。
昼休みを共有することになったが、俺が勝手にやったことだからと格好つける宮城に対し、ナマエは「代金を支払う」と譲らなかった。この子、変なところ頑固だな。宮城は部活の後輩たちを思い出す。しょっちゅう集ってくる奴らとは大違いだ。足して二で割ってやりたいほどである。これまた埒が開かないので「じゃあさ、飲み物奢ってくんない?」と提案。ぱあっと目を輝かせ「ぜひ!何にしますか!?」と反応する女はやっぱり、可愛らしかった。そんな流れで宮城はナマエからコーヒー牛乳をご馳走になり、昼食の準備は抜かりなく完了。彼女を連れて校内から脱却し、中庭のベンチ。ここはこの時間、ありがたいことに木陰になっている。この時期はどこに避難しようと茹だるような暑さだ。時々ぬるい風が肌を撫でる屋外の方が、幾らかマシだったりもする。
この場に及んで、彼は己が提案したこの状況をやや、恨んでいた。たった、拳ひとつ分の距離。時折、大好きな宮城の顔を近くで拝みたいが故に、覗き込むようにこちらを見るナマエに対し、思う。
ちけえ。距離感バグってんだろ。
もう少し離れた方が身の為であるが、毎分毎秒、ぽんぽんっと自分にハートマークを飛ばす女だ。「ちょっと近い」なんて伝えたら傷付けてしまいそうだ。だからと言って「いや嫌いだから離れてとか……そういうことじゃなくて、なんかこう、やましい気持ちになるから離れて」なんてつらつらと弁解するのも違う。気味が悪いだろう。だからまぁ、宮城にはこれしか残されていない。黙って「下心なんかないですよ」って平気な顔をして堪えるしかないのだ。しかし、彼女が動く度に女子特有の可愛い香りが鼻を擽る。こちらを見上げる度にナマエが早起きして塗った下瞼のアイシャドウがチラチラ、光る。さっき塗ったリップグロスはなかなかいい仕事をしており、唇はうるうる。暑さのせいか、半袖のワイシャツを更に二、三度折っている為、露出した真っ白い二の腕。校則違反のスカート丈からは可愛い膝小僧が覗く。うーん、やっぱり、離れた方がいいのかもしれない。宮城は悶々と、頭を悩ます。なるべく萎えることを考えよう。そう着地して、己を諭す。

「カツサンドうまいよ」
「そしたら、カツサンド頂いてもいいですか?」

宮城先輩が好きなやつ、食べてみたくて。
へらっと笑むナマエに、宮城の心臓はきゅんっと可愛らしい音を立ててしまう。後輩の女の子って、こんなに可愛いのか。知らなかった。なんで誰も教えてくれなかったんだ!?と怒りが込み上げるほどだ。もう高校三年の夏だぞ?

「いーよ。あとカレーパンもうまいし……食える?二つあるからよかったら食べて。甘いの好きだったらフレンチトーストあるし、好きなのどうぞ」
「いいんですか……っていうか宮城先輩、お金、どう考えても先輩が損してません?」
「してません。それはもうさっき解決したじゃん、コレで」

先ほど奢ってもらったパック飲料をひょいと、ナマエに見せつける。もうすでに、じわっと汗をかき始めていた。ストローで一口吸い込むと、中身はまだひやりと冷たくて心地よい。

「……すみません、ごちそうさまです」

あまりしつこいのもどうかと、ナマエは大人しく引き下がる。更にさっさと食べないと昼休み終わっちゃうよ、と宮城が言うので「いただきます」と両手を合わせ、ご挨拶を済ませてから、勧めてもらったカツサンドを頬張り、咀嚼する。
今日のナマエは緊張がぐるぐるっと五周くらいしているようで、よくわからない境地に達していた。なので、これまでと比較すると会話はスムーズ。たぶん「宮城先輩とふたりっきり」という状況にバグを起こしているのだろう。

「ん、っ、これ、美味しいです」
「ね、うまいよね」

声を掛けられたので、ちろっと見つめる。相変わらず、ぺかぺかの笑顔。うるんとした唇につい、視線が向く。彼女の口元に少量、ソースが付着していることに気付く。

「宮城先輩半分食べますか?」
「いいよ、いつも食ってるし。ぜんぶ食べな」

ナマエは隣にいる宮城と、目の前の「宮城先輩がいつも食べている」カツサンドに夢中で、そんなことには気付いていない様子だ。唇の横。宮城は自分の指で拭ってやろうかと思うが、一応脳内でシュミレーションをして、ハッとする。いやそれはちょっと、いくら「好き」と伝えられているとは言え、キザすぎるだろう。よかった、気付いて。

「こんな美味しいのに独り占めするなんて申し訳ないです、……そもそも宮城先輩が買ったものなのに偉そうにすみませ、っ、」
「ごめん、ちょっと手、触んね」

そう判断し、これならまだ許されるだろうと、触れる前に一言、断る。水分補給中の彼女。淡いピンク色のパッケージ、いちごミルクを右手に持っていた。空いている左手に宮城の大きな手のひらが重なる。細い指先をきゅっと包む。小さく、柔らかな感触にドギマギするが、触れてしまったのだ。もう遅い。

「……ここ、付いてる」

ナマエは突然伝わってきた宮城の熱に声など出せず、身体をこわばらせた。自分の指先が口元に触れる。解放されて数秒経ち、ようやく気付く。手鏡を持っていればよかったのだが、あいにく教室の鞄の中だ。口元を、今度は自らの意思で適当に拭う。よかった、ハンカチ持ってて。

「……あ、ご、ごめんなさい。ありがとうございます」
「んーん、全然」

やってきた沈黙に、宮城は思う。うわー、やっちゃった。完全に違った。なにが「んーん、全然」だよ。いや、でも、だからって見て見ぬふりして放っておくのも違うだろ。女の子ってそういうの早く言ってよ!ってキレたりするじゃん?何が正解なんだよ、そういうのを授業で教えてくれよ!
男はそうやって脳内でひとり、ごちゃごちゃ考え込む。一方、この宮城の行動を境にナマエはだんまりを決め込む。なぜかって?彼の手の大きさや厚み、体温。それら全てにノック・アウト。へたりと倒れ込みそうだ。だというのに、宮城は追い打ちをかける。重い空気をどうにかしたかったのだろう。だって、宮城は彼女を怒らせてしまったと思っている。アレだ、あの感じ。恋人の歯紅とか、歯に青のりが着いているのを指摘するかしないか問題的な、アレ。あの、難しい選択を自分は間違えてしまったのだ。彼女は指摘せずにそっとしておいてほしい派の人間だったのか、そうか覚えておこうと、そんな感じで、まさか自分が柔く手を握ったことで心臓が持たず、黙り込んでいるとは思っていない。

「つーかさ、手、小さくね?」

自分の手のひらと彼女の手のひらをぴたっと、重ねる。ナマエは衝撃のあまり、再び食べ進めていたカツサンドをぐしゃっと握り潰す。
え?なに?なんで?
宮城は驚き、目を丸くする。高揚した彼女の頬。チークを何度も、何度も重ねて塗ったかのように真っ赤だった。しどろもどろに発せられる「えっ」とか「あの、」とか「ちょっ……」という、声にならない声たち。その辺りで宮城はぼんやり「あ、そーゆー感じ?俺が触ったせい?」と気付くが、もうぜんぶ、遅い。

「っ……あの、み、宮城先輩」

先輩、忘れてますか?私、宮城先輩のこと、すっごい好きなんですよ。
居た堪れない気持ちになったナマエの言葉が耳に届く。スミマセン、と情けない宮城の声。今度はナマエが「いや、謝らなくていいんですけど……」という台詞を口にする番だった。

2023/04/11