ミヤギにハマってさあたいへん | ナノ
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「言ったの?宮城先輩に、好きって」

ぽわぽわとした気分のまま席に戻るナマエは、若干戸惑ったような視線と声色にハッとする。先ほどの、一連の行動と宮城とのやり取りを思い出す。たったいま、起こったことだ。それは鮮明に浮かび、そうするとまた、ぽわぽわ、己の脳内に残る宮城に引き込まれてしまう。それを友人の「ねえ」という呆れた声が、再び呼び戻す。

「え、いや、え?」
「みーんな言ってるけど。廊下でミョウジがバスケ部の部長に公開告白してるーって」

そんなわけないよね?会ったのも話したのも二回目でしょ?そもそもこの間のは事故みたいなもんだし……いや、今のもほぼ事故か!
そんな感情を滲ませて、彼女は言った。やっぱり、とんでもないことをしてしまったのだ。普通じゃなかったのだ。そう痛感すると、サーっと血の気が引いていく。気を失う前に大人しく椅子に掛けた。宮城先輩、よくもまぁ、こんな訳のわからない後輩に連絡先教えてくれたなぁ。そう感心するほどだ。

「近くにいた桜木くんは余計なこと言うなって言われた!モクヒケン!って、それしか言わないし……流川くんは本当に何も言わないし」
「……ごめん、引かないで聞いて欲しいんだけど言っちゃったんだよね」
「……なにを?」
「私、宮城先輩に」

好きだって言っちゃったんだよね、しかもたぶん、三回くらい。いや、四回?ちょっと正確な回数は覚えてないんだけど。ていうか終始記憶曖昧なんだけど。
ナマエは自嘲しながら、正直に告白する。やばいよね、という馬鹿っぽい言葉も足す。

「……やばいね」
「ね、まじでやばいよね」
「好きって言って……それだけ?いや、それだけって言い方は変なんだけどさ……で、宮城先輩は?なんて?」
「…………面白いね、って」
「は?どういうこと?」
「褒めてるらしいよ、一応。で、好きだから連絡先教えて欲しいですって言って」
「……教えてもらったの?」
「うん。LINEも電話番号も聞いた」
「えっ、こわっ」
「LINE?電話番号?って聞かれたからどっちも教えてほしいですって言っちゃったんだけど……やっぱ頭おかしいよね、宮城先輩もハ?って顔してたし」
「……やっぱり宮城先輩過激派じゃん」
「っ、だって、必死で…………でも、そうだよね、普通に不審者だよね」

どうしよう嫌われちゃったかな。
ナマエはそう言って頭を抱える。しかし、宮城とのやりとりを報告する彼女の顔は幸福そうに蕩けていて。そんな表情を見て、友人は思うのだ。あ、なんか多分、悪い方向には転んでいないのだな、と。

「……嫌いな不審者に連絡先教えたりしないでしょ」
「優しいから教えてくれただけかも」
「嫌いな不審者に連絡先教える人は優しいんじゃなくて可笑しいんだよ」
「えっ、そう、そうなの!あのね、宮城先輩、ちょう優しくて……それでね、すっごい格好良くて、でね、これが一番重要なんだけど、なんかすっごいいい匂いするんだよ」

どうしよう、格好よかった、すき。
身体中からハートマークを飛ばす彼女は、贔屓目なしに可愛らしかった。ナマエが落ち込んだり喜んだり興奮したりする様子を呆れながら見つめ、言う。

「サッカー部の人の時と、ぜんぜん違うね」
「え?あ……そう、だね」
「告白されたのに、こんなにウキウキしてなかったもんね」
「……だって、それは」

別に、嬉しくなかったわけではないし、好きじゃなかったわけでもないのだ。あの時は、あれくらいだと思っていた。「嬉しい」とか「好き」の量って、あんなもんだと。でも、宮城に恋をしたナマエは知ってしまうのだ。あぁあれってほんの少しの量だったんだな、と。「嬉しい」や「好き」に振り分ける必要のない感情だったのだと、高二の夏、初めて気付く。

「付き合えるといいね」
「えっ?!」
「宮城先輩と」
「えっ、やっ……そ、そんな、無理だよ、格好良すぎるもん」
「ていうかさっさとLINE送りなよ、さっきはありがとうございましたって。お礼はスピード感が大事だから!」

そう忠告した辺りで、予鈴が鳴り響く。この日、ナマエの頭の中に残っているのは宮城のことだけ。五時間目の授業も、六時間目の授業も、残念ながら何一つ、残っていない。

* * *


それから数日……一週間くらい経過しただろうか。ナマエは再び、思っていた。宮城先輩ってちゃんと学校来ているのかな、と。それくらい、校舎内で彼と遭遇することはなかった。
生徒数が多いし、見落としているのでは?とのご指摘をいただきそうだが、残念ながらそうではない。ナマエはもうずっと、宮城しか探していない。なんてったって宮城先輩過激派なのだ。あっちをキョロキョロ、こっちをキョロキョロと、いつ会ってもいいように丁寧にアイシャドウとマスカラを塗った目で、彼を探す。
宮城先輩、今どこにいますか?会いたいです。
頭に浮かびっぱなしの甘い言葉を、伝えられるのなら伝えたかった。流石に付き合ってもいない女がそんなことを強請るのは異常だと判断できるので、伝えたりはしないが。

「ナマエ、きょう購買?珍しいね」
「うん。お弁当ないし、朝コンビニ寄る時間もなくて。なんかいる?」
「ううん、だいじょうぶ。いってらっしゃい、急がないとめっちゃ混むよ?」

大層賢いスマートフォンは宮城の連絡先を忘れたりしなかったが、やり取りはあまりできていなかった。残念ながら、あの昼の廊下での勢いを、ナマエはもう持ち合わせていない。当時、彼女は異常だったのだ。そう、あれは火事場の馬鹿力的なものだ。基本的に彼女は大人しく、慎ましい女生徒だった。だから尚、あの時、ギャラリーが沸いたのだ。あの大人しいミョウジが公開告白?!と、そんな感じだ。
あの日、友人からのアドバイス通り、素早く礼を伝えたが、ほぼそれっきり。宮城が悪いわけではない。寧ろ宮城はナマエが返信をしやすいようにどうでもいい質問を投げかけてくれたり、最近あったことを長くも短くもない分量で送ってくれる優しくて、よくできた男だった。しかし、ナマエは宮城が指先で紡いだそれにいちいち過剰に反応してしまう。まず、ぽんっとメッセージが届くとじわじわと喜びを噛み締め、彼が自分に向けて文章を綴ったことにちょっと泣きそうになる。つまり、開封するまでに時間がかかるわけで。その後で覚悟を決め、ようやく確認。メッセージを何度も繰り返し拝読し、一旦拝んで、そこでようやく何をどう返したらいいのか考え始める。終いにはどの絵文字で彩ろうか永久に決められず、結果として何もできなかったりする。つまり、既読無視をしてしまうのだ。そうなると宮城もお手上げ。「あれ?俺のこと好き……なんだよな、この子」という感じだ。宮城は、そこまでだとは思っていないのだ。ギクシャクしたやりとりだから、緊張していることくらいは察してやれる。でも、まさかナマエが、自分のことを好きすぎるあまり、LINEの返信一つに対して、期末テストの解答なんかよりもよっぽど多くの時間を費やし、頭を悩ませている可愛い女だと。
そんなことはこれっぽっちも、知らない。

「うわ……」

思わず、うんざりした声を発してしまう。人、人、人。購買には既に夥しい数の人間が集っていて、うんざりした。今からあそこに混じってお好みのパンを購入するために争わねばならぬのか。ただでさえでも暑くて、熱を発するものには近付きたくないというのに。おまけに、身体の大きい男子生徒が多い。混み合うことは知っていたし、日々購買を利用する生徒にとってはこの程度は日常茶飯事だが、ナマエ は久しぶりのこの場に戦意喪失。早くも白旗を掲げていた。力なく握ったそれをパタパタと振り、少し離れたところでこの騒ぎが落ち着くのを待とう。その後でも何かしら残っているはずだと、のろのろ階段を降り始めた時だ。喧騒の最前列にいる彼を見つけてしまう。あ。思わず、ひとりで声を出してしまう。そして、やっぱり見つめてしまう。久しぶりの宮城先輩に好きが込み上げる。あーあ、格好いい。しみじみ思っていると、優しいこの男はその視線にさえ気付いてくれる。本当によくできた男だ。そして、ナマエに対して「おぉ」と、自然に手を振ってくれる。この購買という戦場にて、もうほとんど勝利を手にしているとはいえ、まだ最前戦だ。それどころではないだろうに。そして、声がやってくる。ナマエを目掛けて、宮城は言葉を発する。

「なんかいんの?」
「えっ」
「え?パン買いに来たんじゃないの?」

喧騒に負けない、宮城のフォルティシモの声。確実に自分に向けて飛ばされていると思うのだが、話しかけられるとは思っておらず、戸惑ってしまう。そもそも、手を振ってもらえるとも思っていないのでこの時点でナマエは、何ターンが遅れているのだ。
なんか、いんの?
え?パン買いに来たんじゃないの?
そう、宮城の発言はかなり、的を得ていた。はい、そうなんです今日お昼用意してなくて……甘いパンとしょっぱいパンがひとつずつ欲しいんです。質問の答えはこれだが、それを宮城に伝えることなど、咄嗟の出来事に狼狽えるナマエにはできやしなくて、ただ宮城は、それさえも察する男で。

「おばちゃん、コレも追加でちょーだい。そう、フレンチトースト。カスタードとチョコとイチゴとブルーベリーがあんの?あー……どれでもいいよ、オススメちょうだい。あ、カレーパンももういっこお願い。あとくるみチーズも」

彼女の好みなんて、どれくらい食べるのかなんて、これっぽっちも知らない。ただ、目に入ったそれを適当に頼み、自分の戦利品と合わせ、まとめて支払いを済ませる。ちょっとごめん。そう言いながら生徒たちの間をひょいひょいっと抜け、未だ階段で呆然とするナマエを手招きした。ナマエは戸惑いながら、残りの段差をのろのろと降りる。うわぁ、宮城先輩だ。久しぶりの再会……と言うと大袈裟に聞こえるが、ナマエに言わせれば大袈裟でもなんでもなく、感動の再会なのだ。ぺこっと会釈をし、ご挨拶を。

「こ、こんちには」
「……こんにちは」

あぁ、非常に気まずい。宮城は良かれと思ってこの行動を起こしたわけだが、思い出す。俺、この子に既読無視されてるんだった、と。もう俺のことを好きな期間は終わってしまったのかもしれない。そもそもその「好き」が勘違いだったのかもしれない。もちろん、そんなことはない。相変わらず「好き」は続行しているし、寧ろ勢いを増していた。なんなら、いま、宮城に会ったことで大爆発していた。

「あの……宮城先輩、きょうも格好いいですね」

今日もいいお天気ですね、みたいな。そんなテンションで吐かれた言葉に、宮城は耳を疑う。

「……え?」
「格好いいです」

だから聞き返した。そうするとナマエはちゃんと同じ言葉を送り出し、それに加えて「好きです」を自分に言い聞かせるかのように、絞られた声量で唱える。それは、宮城の鼓膜をほんの少しだけ振るわす。ますます、聞こえてくるはずのないワード。再び「え?」と聞き返したが、我に返ったナマエは「なんでもないです、今日も格好いいです」とわたわた、答える。まぁでも、それだって正直、こんな、面と向かって伝えることではないのだが。

「あー……そりゃドウモ……」

困り顔の宮城は照れ腐っているだけだが、ナマエはそんなことを知る由もない。寧ろ、こんなに格好いい彼のことだから「格好いい」なんて台詞は日々降り注ぎ、聞き飽きていると思っている。それにしても突然、それを自分のような下々民が伝えるのは失礼だったと反省し、焦って謝罪を。

「っ、ご、ごめんなさい、急に」
「いや、いーんだけど……つーかナマエちゃんどれ食べる?好きなの取っていいよ」

差し出された袋の中をそおっと、覗く。そこでようやく、事態を理解し始めた。宮城先輩は困り果てる私を見兼ねて、私の分の食料を追加で買ってくれたのか。なんなんだ、この人。優しすぎるだろう。

「えっ、そんな……申し訳ないです、」
「いーよ。ナマエちゃんの為に買ったし」
「っ、あ、あの、じゃあ、宮城先輩はどれを召し上がりますか?」

日頃、可愛いけれど可愛くない後輩とばかり関わっているからだろうか。謙虚でこちらを敬いながら話してくれるナマエに対し、宮城は感動した。高校三年になってようやく、初めて味わう感覚だった。

「あー……まじ、どれでもいいよ、好きの取りな」

宮城はどれを食うかなど、本当に心底どうでもよかった。なので心のままに告げたのだが、ナマエはますます困った顔をする。袋の中と宮城を交互に見た。伏目がちになった時、思う。まつ毛、なげえ。そして、なぜか言った。埒が開かないと思ったのか、それとも、もう少し知りたいと思ったのか、宮城自身、動機は不明だ。

「一緒に食う?」
「えっ?」
「昼」
「ひる、」
「あ、友だちと食べる?」

宮城の言葉に顔を上げた。その後、即、フリーズ。そして一瞬顔を顰め、視線が泳ぎ、困惑。その後でやっと言葉の意味を理解したのか、ぽおっと鮮やかに頬を染める。独り言だろうか、ぼやくように「え?なんで?」と小声で。くるくると表情を変えるナマエが可笑しくて、宮城はぶはっと、吹き出してしまう。男に笑われたことによって、彼女は自分が無意識下で取った行動が痴態だったと気付き、咄嗟に謝罪を。そんな姿さえも宮城にとっては愉快だった。答えなんてわかりきっている。しかし、少し余裕ができたので「やめとく?」と、ちょっと揶揄ってやる。

「えっ、やっ、あのっ…………ちょっ……と、ちょっと、待ってもらってもいいですか?友だち、連絡してきます。待たせてるので」
「だよね。別に今度でもいーよ?俺、いつでも空いてるし」
「……いえ、あの、いま、ご一緒したいです」

こんなチャンス、二度とないだろうから。
そう思い、スマートフォンを操作して友人に発信。すぐに繋がる。一応、と宮城から少し距離は取ったが、興奮の為、いつもより大きな声量。彼女の様子を眺める宮城にも、ちゃんと聞こえていた。「ねえちょっと待って、階段にいたら、どうしよう、お昼……あのね、宮城先輩が今日も格好いいんだけど」と、受け取った側が混乱する言葉の組み合わせを届ける彼女に、また笑ってしまう。なんだろう、コレ。なんかすげえ、いいな。味わったことのない感覚を噛み締めていると、一分少々だろうか。すぐに戻ってきた女は満面の笑みで言う。

「……ふふ、宮城先輩とお昼食べてきてもいい?って聞いたら、すごいおっきい声で、絶対断るな!チャンスだ!行ってこい!って言われました」

なので、ご一緒してもいいですか?
こてん、と首を傾げたナマエに問われ、宮城はどきっとしてしまう。さて、どうしたもんかね。急に彼女を、意識してしまう。

2023/04/10