ミヤギにハマってさあたいへん | ナノ
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「……さっきから思ってたんだけどまつ毛長くね?」

チラチラと彼女を見下ろし、感じたことだった。普段、バスケ部の連中と過ごす時間が長いせいか、この距離とこのアングルで人間を……況してや歳下の女の子を眺めることのない宮城は疑問に思い、投げかけてしまう。
そろそろ行こっか。
宮城の声。夏の気温と、体内から生まれる熱のせいで、どうしようもなく火照る。熱を逃す先が見つからない。照れ臭って黙り込む二人。予鈴五分前、そろそろ校内に戻らねばならない。微睡んだ空気を破壊し、最近知り合った先輩後輩という関係に戻る為にはちょうどいい提案だった。

「あっ……違うんです。朝、マスカラ塗ってるだけで……落としたらふつうに、宮城先輩の方が長いです」

先程までの恵まれた一時にうっとりと、ぼうっとしていた時だった。宮城と肩を並べ校舎を目指しているナマエは、やってきた質問に驚く。そしてすぐ、嬉しそうに表情を綻ばせ、その後でしどろもどろに答えた。

「……いつ、宮城先輩に会えるかわからないので、いつ会ってもいいように、一応毎日可愛くしておきたくて、ちょっと早起きして塗ってるんです、……って言っても、昨日寝坊してメイクできなかったんですけど」

正直に理由を述べ、困ったように笑う彼女を宮城はぼんやり見下ろす。よくわからないが、彼女のすうっと伸びたまつ毛は自分の為の努力で、朝の貴重な時間は自分の為に費やされているらしい。そんなことを言われてしまったら、どんどん惹かれる。彼女が迷いながらも心内をそのままに吐き出すものだから、何を想っているのか、何を感じているのか、もっともっと、聞かせてほしくなる。他に隠していることはないのかと、抱え込んでいることはないのかと、全て、聞かせて欲しくて。

「だから今日、会えて本当に嬉しかったです。あ、ていうか、宮城先輩ちゃんと学校来てますか?私、ずうっと探してるんですけど全然お会いできなくて」
「……連絡くれればいーのに」
「え?」
「会いたいって、言えばいいのに」

さっきから小っ恥ずかしい言葉ばかりがやってくるので、宮城も感覚が麻痺していた。時間の経過により、少し淡くなったナマエの頬の赤が、みるみる鮮やかに色付く。細く、柔らかい髪が掛かった耳まで、ぐんぐん染まって。

「えっ、あ、いや……だって、そんな、」
「LINE、あんま好きじゃない?」
「そうじゃっ……その、ごめんなさい、私が連絡先教えてくれって言ったくせに……」

あ、それ、謝らなきゃいけないと思っていたことだ。オロオロとするナマエに、宮城は足を止めてやる。話を真剣に聞いてやろうと、ナマエにじっと刺さる彼の視線は、余計に彼女をどぎまぎさせた。

「なんか、どうしたらいいかわからなくて……こんなに好きな人とやり取りするの初めてだから……ほんと、迷惑じゃないですか?」

こんなに好きな人、は一旦スルーでいいのだろうか。宮城は困惑するが、スルー以外の選択肢が見当たらないことに気付き、問いに回答することに専念する。

「……迷惑じゃないでしょ。フツーに、友だちだと思っていいよ?先輩とか、そんなん別に」
「あ、違くて……宮城先輩だから……その、」

ナマエだってわかっている。そろそろむやみやたらに「好き」と言うのをやめなければ、彼を困らせることはわかっている。でも、この感情を表す別の言葉を彼女は知らない。好きなのだ。何度考えても、これは好き以外の何物でもない。

「……とにかく、無視してるわけじゃなくて、」

国語辞典を初めから最後まで読めば、もう少し別の言葉で伝えられるのだろうか。だいたい、もはや「好き」の二文字では言い表せないくらい「好き」なのだ。

「……好きだから、返信できなくて。嫌われちゃったらどうしようって」

これ、なんて答えんのが正解なんだ?
宮城もナマエと、同じことを思う。もっと言葉をたくさん持っていれば、彼女の不安を取り除いてやれるのかもしれない。そんなことないよ、を伝えかけたが、鳴り響く予鈴が遮る。それを合図に、仕方なく、またのろのろ生徒玄関を目指す。

「……電話にする?」
「えっ?!」

さっき、割と普通に話してたよな。ってことは、文章のやり取りが無理ってことか?考えすぎちゃうから?
宮城なりの推測だったが、まぁもちろん、そんなことは全く、懸念点ではない。さっきの、この昼休みはただのバグなのだ。そしてそれは既に、ほとんどメンテナンスを完了させている。おかげさまでもうだいたい、いつもの「宮城先輩過激派のナマエ」に戻ってしまっている。

「やだ?」
「だからっ、……だから、その、嫌じゃないんですってば……」
「キレてんじゃん」

電話……電話なんてもっと無理でしょ……と、じわじわ怒りを滲ませながらナマエは呟く。提案した宮城に苛立っているわけではない。宮城に慣れない自分に、やるせない気分になっているだけだ。

「違います、っ…………宮城先輩には、わかんないですよ」

むうっと、諦めたかのように彼女は発言するが、それに対し、宮城は困ったように笑い、告げる。わかるよ、と。宥めるような、寄り添うような温かい声で。

「わかるよ、緊張しちゃうんでしょ?」

俺もすげえ緊張してたよ、さっき。なんなら、たぶん今も。聞く?心臓の音。
口角を片方だけ、いやらしく上げる。気になる女の子に意地悪をしたくなる小学校三年生の男子のような悪戯っ子の表情。彼女の手を掴み、己の胸に持っていこうとしたところで、声が掛かる。げえっと、宮城は苦い顔。彼のクラスを受け持つ教師が、声を飛ばしてくる。

「宮城、なにしてんだ。予鈴鳴ってるぞ」

わかってるっつーの。
宮城は彼に聞こえず、ナマエに聞こえる程度の声量で悪態を吐く。解放された手首がじくじく、熱い。

「またね」
「え、あ、はい」
「また連絡する」
「っ……私も、します」
「……本当に?」
「ほ、本当です」
「ん、約束ね」

じゃあね。その言葉の後でゆらゆらっと、彼の手が揺れる。ナマエもゆらゆら、振り返す。システムエラー。情報処理が追いつかず、いつまでも動けずにいる彼女を見て、宮城は「遅刻すんよ」と呆れた顔で発言。現実に引き戻してしてもらえた、……いや、起こっていることはずっと現実なのだが……とにかく、ハッとしたナマエは階段をリズミカルに昇っていく。ひらひら揺れるスカート、小さな背中、白い足。彼女が去ったことで宮城も突然冷静が訪れ、なにやってんだと羞恥心がむくむく、大きくなる。
なんだ、コレ。え?つーか……どうすんの?コレ。宮城は思うが、誰も教えてくれない。五時間目の授業はちゃんと、予定通りの数学だった。「知り合って間もない後輩の女の子に、やたらめったらと好きと言われた時の対応方法」とかをご教授いただきたいものだと、宮城はよく晴れた窓の外の青を眺めながら、本気で思う。

* * *


あ、と思う。つい、漏れた声だった。朝、いつもより早く到着したのは宿題として配られたプリントを机の中に忘れてきたからで。まだ静寂を保っている生徒玄関。靴を履き替える男子生徒は宮城だった。すぐに気付き、その瞬間には声が出て、聞き覚えのある声に反応した宮城が振り返って。

「お、おはようございます」
「おはよう、早いね」
「宿題、机に忘れちゃって……宮城先輩朝練ですか?あ、あと、この間、ありがとうございました」
「どういたしまして。つーか一気に話しすぎじゃない?」

ビビりながら、こちらを伺うように話しかけてきたくせに、その後で間髪入れずに言葉を寄越すナマエが愉快で、宮城は笑いそうになる。あの、浮かれた昼休みから一週間くらい経ったろうか。進捗なし。相変わらずの様子だ。ナマエに言われせば、格好よすぎる宮城のせいなんだろうけれど。

「っ、あ、ごめんなさい」
「オレ、怖い?」

あれからちょこちょこ、短いメッセージのやりとりは続いている。とるにならない、他愛ない、でも、心地よいやりとり。

「なんか毎回、ビビってるっつーか」
「え、ちがっ……その、会えたので、嬉しくて」

オレに会えて、嬉しい?
宮城はまだ、自分が寝ぼけているのかと錯覚するが、その後で気付く。あぁそうなんだよな、この子、こういうことおどおどしつつ平然と声にするんだよな。あの日を思い出し、懐かしいような感覚に襲われる。

「あと、宮城先輩が格好良くてビックリしちゃうんです。あ、もう格好いいことは知ってるんですよ?でもなんかこう……毎回、思っているより格好いいので慣れなくて……格好いいがその都度更新されるというか…………だから、挙動不審ですみません」

先輩が格好いいだけなんです、怖いとかじゃなくて。
続けてやってくる信じがたい言葉の組み合わせに、宮城はただただ、ぽかんとしてしまう。開いた口が塞がらないとはまさにこんな感じだろう。チームメイトの流川を思い出す。アイツ、生まれてこの方ずっと、こんな状況なのだろうか。だからあんな、クールになっちまったんだろうか。どう反応したらいいかわかんねえもんな。
そんなことを思いながら暫く黙ると、いい加減ナマエも不安になったのだろう。ごめんなさい、なにか変なこと言いました?と謝罪がやってくる。

「……今度、また一緒にメシ食う?」

そんな彼女を見て、宮城はとても普通に提案する。なんで誘ったのだろうか。自分でも良くわかっていなかった。

「えっ?!」
「あ、やだ?」
「や、じゃないです、食べたいです」
「明日は?急?」
「きゅう、じゃないです」
「お友だち平気?」
「へ、へいき、です、たぶん、行ってこいって言われると…………えっ、あの、ほんとに、いいんですか?」
「いーよ」

思ってもみないお誘いに、ナマエはしどろもどろに返事をする。宮城にとっては、そんな様子がやっぱり可笑しくて楽しい。自分の言葉ひとつに、ここまで反応を示すのだ。じゃあ明日の昼、この間のところで待ち合わせようか。そう伝えようと思ったところで、ナマエがぱあっと表情を輝かせ、宮城を見つめ、言う。

「っ、あの、宮城先輩って人が作った食事食べられますか」

ひとがつくったしょくじ。
それは宮城の脳内で上手く変換されず、理解しないまま話が進む。

「私、ご迷惑じゃなければお弁当作ってきます」

え、なに、お弁当作ってきてくれんの?
誰が?ナマエちゃんが?誰に?オレに?
そんな申し出はこれっぽっちも想像していなかった宮城だ。唖然とするが、そんな彼のことは放って、ナマエは必死に続ける。
この間パンご馳走になったし、体育館で助けてもらったし、廊下でご迷惑おかけしたし……。
どれもとるに足らないことであった。だから「え、いや、食べられるけど、大変じゃない?」と問うたわけだ。しかしナマエが言うのだ。作りたいので、いいですかと。宮城の瞳をじいっと見つめ、真剣な眼差しで。

「……じゃあ、オコトバに甘えて」
「はいっ、苦手なものありますか?」
「ないです」
「……なんで敬語なんですか」
「……いや、かわいいなーと思って」

賑やかだった彼女が急に黙る。俯き、あっという間に耳と頬を染め上げたナマエの姿。触れるとじゅうっと火傷をしてしまいそうなくらい、赤い。

「……自分はさんざん、格好いいとか……好きとか言うくせに、言われんのは照れんだね」
「っ、だって、それは、」

そもそも、ナマエは宿題のプリントを終わらせなければならない。宮城は朝練に来たもののTシャツを持ってくるのを忘れたのだ。ただ、教室のロッカーに確かストックが置いてあったな……と思い出し、体育館に向かう前に教室に寄ろうとしていたわけで、たぶんお互い、こんなにのんびりお話をしている場合ではない。なのに、もうちょっとこうしていたいと思ってしまう。

「……私は、好きな人に言われてるんです」

ナマエは自分に、言い聞かせている。宮城の放った「かわいい」は、犬や猫や赤ん坊を「かわいい」と表現するようなもので、深い意味はない。何度もそう唱えるのに、心臓はどんどんうるさくなる。全身が火照って、じわっと汗が滲む。恥ずかしい。見ないでほしい。なのに、視線が刺さっていることはわかる。

「好きな人にそんなこと言われたら、恥ずかしいです」

ちらっと、宮城を見つめる。あ、ほら、やっぱり。宮城先輩はぜんぜん、へっちゃらだ。もう私の「好き」なんて言葉には彼をドキドキさせる効能なんてないようで。私、宮城先輩に「好き」だなんて言われたら爆ぜる自信あるのになぁ。ナマエはそう思いながら、ちょっと拗ねてしまう。私ばっかりドキドキして、バカみたいって、思う。宮城がどうにか格好つけて、高鳴る煩い心臓にちょっと静かにしろよ!と叱りつけながら「じゃあ、明日ね」「また連絡する」と精一杯冷静に振る舞っていることなんて全く、知らないから。ナマエから「朝練、頑張ってください」と真っ赤な顔で伝えられちゃって浮かれているなんて、もうぜんぜん、知らないから。

2023/04/20