ミヤギにハマってさあたいへん | ナノ
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「……流石に、それはちょっとどうかと」

ナマエの提案は、苦い顔で却下される。あの日から自然と、宮城を探してしまうことに苦悩していた。その結果生まれた、苦肉の策であった。朝、登校した時。移動教室、昼休み、放課後。どの時間もきょろきょろと探すが、全く見つけられない。なので、友人にほろっと、溢したのだ。三年生のフロア、探しに行こうかな、と。

「宮城先輩、ほんと、どこにいるのかな」

本当にこの学校に通っているのだろうか。そんなばかばかしいことを考えるほどだ。あれは、蒸し暑い体育館で見た蜃気楼なのではないかと思うほどに。

「だめかなぁ、押しかけたら」
「だめじゃない?」
「でも、もう一回会いたいんだもん」
「クラスも知らないくせに」
「……そうだった、なんで聞かなかったんだろ」
「それくらいなら桜木くんか流川くんに聞けば?知ってるんじゃない?」

二年の、バスケ部。真っ先に思い浮かぶのはナマエもその二人だが、話したこともない同級生に突然声を掛ける勇気はなかった。二人とも、良くも悪くも目立っていて、怖い。そんな感情もあった。

「仲良い?一年生の頃同じクラスだった?」
「いや、全く。でもほら、ちょうどそこに居るし」

昼休み。ナマエは弁当を胃に納め、そのままの勢いで友人が分け与えてくれたチョコレート菓子を口にしていた。この気温のせいでほとんど溶けている。彼女が廊下をちょいちょい、と指差す。あぁ、確かに。やたらでっかい二人が、廊下に突っ立っている。何してるんだろう。観察してみるが、少なくとも仲良く談笑しているわけではない。どちらかというと牽制し合っているような、あまり良くない空気が漂っており、ポジティブに考えても仲がいいようには見えない。なのに、だとしたら、なんで一緒にいるんだろう。疑問に思う。考えたってわかりっこないので、くるっと友人に視線を戻す。

「ダメじゃない?仲良くもないのに急に話しかけて、宮城先輩のこと聞きたいんだけどって」
「好きって言ってるようなもんだよね」
「……別に、好きとかじゃ」
「はいはい、気になってるんでしたね」

まぁでも、そんなこと聞いたら好きとは言わなくても好意くらいはありますよ、って意味でしかないよね。
淡々と彼女は続ける。確かに、それはそうだろう。正論だ。おっしゃる通り紛れもない事実だが、おおっぴらにしたいわけではないのだ。校舎って、あまりにもあっという間に、そういうのが広がるから。だから、ナマエとしてはできればこっそりひっそり進めたかった。そしてなにより、とりあえず、お礼が言いたかった。あの日、助けてもらったお礼。

「一目惚れってあるんだね」
「……だから、好きとかじゃ、」
「格好よかったもんね」
「え、だよね?!格好よかったよね!?」

友人から何気なく、ぽんっと放られた言葉に過剰に反応してしまう。ガヤガヤとした教室にナマエの元気な声が響き、一瞬で視線が集まる。しゅんと下を向く。

「なに急に、怖いんだけど。宮城先輩過激派じゃん」
「ちがっ……と、とりあえずお礼言いたいの、お礼」
「あ」
「え?」
「宮城先輩だ」

噂をすれば、だね。
ニコッと意地悪く笑い、ナマエを小突きながら彼女は言った。
え?どういうこと?
そおっと、視線を向ける。もう一度会いたいと懇願した彼が、そこにいる。先ほど話しかけようか一瞬検討した、背の高い二人と親しげに話していた。宮城は放課後の部活の練習内容と明後日に控えた練習試合について、桜木と流川に伝えにきたのだ。スマートフォンで連絡事項を伝達しようかと思ったが、流川が充電を切らしているとかどうとかで、仕方なく三年のフロアからこちらへやってきたのだ。とまぁ、つまり、流川のおかげなのでナマエは彼に感謝した方がいいのだが、勿論そんなこと知る由もない。ただ、美しい景色を目に焼き付けるかのように、呆然と、じいっと、宮城を見つめる。すると、熱烈な視線に気付いたのか、宮城はぱっと、ナマエを見る。急に視線が刺さり、恥ずかしいが込み上げたナマエは逸らそうとするが、それよりも宮城の行動が早かった。
あの時のあの子だ。腕、大丈夫だったんだろうか。
そう思った宮城は彼女とパチっと目が合うと、小さく手を振る。その後で心配そうな顔をつくり、ちょいちょいっと己の腕を指差し、口パクで言う。「腕、だいじょうぶ?」って、ぱくぱくと、やや大袈裟に口を動かす。
この一連の宮城の行動はほんの一瞬のことだったが、ナマエにとってはスローモーションのようで。ひとつひとつの表情が、動作が、彼女を突き動かす。同時に「気付かれてしまった」よりも「気付いてもらえた」という喜びの感情が勝る。
だめだ、いま話しかけないとぜったい、ぜっっったいに後悔する。
ナマエは勢いよく立ち上がる。ガタッと、椅子が音を立てる。たぶん、目の前に座る友人に言われた。え?ちょっと、と。でも怯んでいられなかった。わかる、たぶん、今じゃないほうがいい。ていうか、ぜったい今じゃない。でも私、今じゃなきゃ嫌だ。ナマエの、そういう、ただのエゴだった。

「あの、宮城先輩っ、」

数日前に一度会っただけの後輩だ。いまだって、ある程度離れた距離から腕の具合を心配しただけだ。なのに彼女は突然立ち上がり、こちらに迫ってくる。宮城はただただ、驚いていた。瞬く間に目の前にやってくるから、きょとんと彼女を見つめてしまう。一方ナマエは、宮城を目の前にして、思った。
え、どうしよう、格好いい。ていうか、私、何する気なんだろう。
そして、よくわからないまま言葉を吐いた。彼と出会ってから、ずっと思っていたことだが、まさか声にするとは、彼女も思っていなかった。だから自分の声が自分の耳に届いた時、非常に驚いた。

「っ……あの、っ、す、すきです」
「え?」
「えっ?あ、いや、……あのっ」

一応言うが、ここは二学年の廊下。付け加えるなら昼休みだ。開放的な空気。皆、思い思いの休憩時間を楽しんでいる。その中で響く、ナマエの必死な「すきです」は、廊下に散らばる同級生たちの注目を集めるにはじゅうぶんだった。
あ、ぜったい違った。言葉のチョイス、間違えた。
遅ればせながら彼女もそう思うが「あっ間違えちゃいました!ごめんなさい!」と言える空気ではない。だいたい、その感情は間違えてはいないので「間違えました」と主張するのはお門違いでもある。パニック、沈黙、刺さる視線、ものすごい空気。それらがごちゃっと混ざり、重くのしかかる。じわっと、泣きそうになる。というか、実際、この時点でナマエはほとんど泣いていた。そしてそれに宮城も気付いていないわけではないが、どうしてやればいいのかわからない。その辺りだった。沈黙に飽きたのか、今まで黙っていた男が声を出す。この空気に相応しくない、素っ頓狂な質問がナマエに届く。

「好きなのか?りょーちんのこと」

頭上から楽しそうな声が飛んでくる。それに驚いたナマエは、反射的にパッと見上げた。りょうちん、って……あぁ、宮城先輩のことか。リョータ、だもんな、名前。
すぐそばにいる同級生に話しかけられたことによって、宮城の隣にいる二人を思い出す。そして、質問をくれたのは桜木の方だと理解する。ここまで周囲に目もくれず、宮城に対してだけ視線を注ぎ、必死だった女だ。今頃になって、彼らの存在に気付く。いや、違う。はじめから気付いてはいたのだ。忘れていただけで。複雑な心境のナマエとはうってかわって、桜木は若干楽しそうであった。隣にいる流川は何も言わないが「なんだこの女」とでも言いたげに……それはまぁ、ナマエの被害妄想かもしれないが、じいっと彼女を見下ろしていた。

「えっ、あ、そのっ……ちがっ、」
「違うのか?」
「ちがっ、く……ない、んですけど、」

いや、ハイ、好きなんですよ。ナマエだってそう言いたいが、もう一度改まって言えるわけもない。

「おーおー、見る目あるなぁ!りょーちんのこと好きだ「花道、ヤメロ」

膠着した空気を一蹴したのは宮城だった。言い淀むナマエを見兼ねたのか、はたまた同情したのか、後輩に待てを。
そして困ったような、困惑したような表情で言う。
ちょっと、向こうで話す?と。
とても親切で、柔和な声だった。ナマエはゆっくり、数度、黙って頷く。

「オメーらちょっと待ってろ。周りの奴らに余計なこと言うんじゃねーぞ。特に花道」

宮城は周りがよく見える男だった。周りがこそこそ……、いや、「こそこそ」ではおさまらないような声量で、いま自分たちを取り巻く状況を好き勝手話していることくらいはわかった。うーん、あまりよくないな、コレ。そう思った為、後輩たちに釘を刺すと、ナマエに「ちょっとこっち」と呼びかける。彼女は言われるがまま、宮城の後ろを「申し訳ない」をたっぷり抱えながら着いていく。
階段近くまで来ると、喧騒はほとんどなかった。都合がいいことに人気もない。ここでいいだろうか。宮城が立ち止まり、くるっと振り返る。その瞬間、ナマエはごめんなさいを届ける。必死な震えた声に、宮城はどぎまぎしてしまう。

「え?あ、や、別に謝ることじゃ、」
「本当にごめんなさい、すみませんでした」

繰り返し届く謝罪の言葉に、宮城は困り果てていた。今にもわあっと泣き出しそうな一つ年下の彼女。どう慰めればいいのかもわからない。ほんっと、なんなんだ、コレ。俺に、何が起きているんだ?宮城はずっと、戸惑っている。いいよ、大丈夫。平気だから。謝らなくていい。その辺の言葉を連呼する。それでもナマエの気分は晴れないようで。

「いや、まじ、いーって。もう謝んなくていいよ」
「……ごめんなさい、ほんと……あ、あの、あと、この間、ありがとうございました。助けていただいて……」

ようやく話題が変わり、謝罪ではなく感謝の意が述べられた。宮城は思う。助けていただいて、って。仰々しいな、浦島太郎じゃあるまいし。いや、鶴の恩返しか?まぁ、どっちだっていいが。

「それもいいから。それより腕、だいじょうぶだった?」
「はい、あの、それで、わたし」

あまり長々と時間をいただくわけにはいかない。それはナマエもわかっていた。昼休みの時間なんて限られているし、おまけにあの背の高い二人を廊下で待たせている。ここまできたら「逃げる」とか「誤魔化す」というコマンドは存在しなかった。あれだけのことをして、これだけの醜態を晒しているのだ。恥ずかしいことなんて、もう、存在しない。そう言い聞かせる。ただ、身体というのはどうにもならないもので、心臓がばくばく、鳴っている。宮城に聞こえているのではないかと思ってしまう。それどころか、校内に響き渡っているのではないかと思うくらい、煩い。

「私、宮城先輩のこと好きです」

ごめんなさい、をたっぷり混ぜ込んで言った。意味わかんないですよね、ごめんなさい。私なんかが宮城先輩のこと好きでごめんなさい。なんの脈略もなく好きだなんて言ってごめんなさい。さっき、大勢の前で突然、ごめんなさい。
でも好きなんです、ごめんなさい。好きなの、誤魔化せそうにないんです、ごめんなさい。
そんな様々な感情が入り混じっていたが、音として捉えればシンプルな愛の告白だ。宮城は面食らっていた。というか正直、この一連の流れにずっと、ついていけていない。
え?あ、まじ?いや、なんかそんな空気だったけど、それ、いま言うんだ?あ、そう。
そんな感じだ。愛らしい後輩から届く告白に、こそばゆい感情が芽生える。でもなぜか、格好つけてしまう。「あー、俺のこと好きなの、ハイハイ」みたいな、そんな雰囲気を纏おうと精一杯平然を装う。動揺を悟られないよう、なるべくいつも通りの声が出ますようにと祈りながら、言葉を発する。

「……ソレ、もう一回言うんだ」
「ご、ごめんなさ、っ」
「いや、だから謝んなくていーんだけど……さっき誤魔化そうとしたじゃん?なのにやっぱ言うんだね」

ごめんなさい、迷惑ですよねこんな突然、急に。再び謝罪の言葉を吐こうとしている自分に気付き、ナマエはもう、すぐそこまできていたものを慌てて引っ込める。

「……自分でも、よくわからないんです。なんでこんなことしてるのか。でも、あの日からずうっと宮城先輩のこと考えてて、会いたくて、また話したくて……だから、今日、いま会って、こうやって話してたら、誤魔化せないくらい、好きだと思って。だから、……そのっ、めいわくじゃなかったら、連絡先、教えて欲しいです」

制服のスカートに突っ込んでいたスマートフォンを取り出し、握る。ナマエだってバカじゃない。だからわかる。宮城先輩、困っているだろうな。それくらいは察していた。壊れて狂ったラジオのように、支離滅裂な訳のわからない音声をお届けする私に苦慮しているだろうな、とも思っている。怖いですよねこんな急に好きだのなんだの、つらつら述べられたら。それもわかっている。でも、止められなかった。停止ボタンが存在しないのだ。宮城と話していると、どんどん好きになる。惹かれる。ただ、本格的に「こいつやばいな、関わるのやめておこう」と思われるのは困る。なので、今更ではあるが「いや私、こう見えて意外と常識的ですよ」をアピールする為に、言葉を足す。

「あっ、あの、普通に嫌ですよねごめんなさい。ぜんぜん、強要はしないので……私、勝手に、好きでいるので……宮城先輩が卒業するまで、勝手に好きでいるので、」
「……卒業したら好きじゃなくなんの?」

宮城の言葉は優雅に宙を舞い、そのままのんびり、床に落ちる。ナマエはそれを拾い上げることができない。そんな台詞を、宮城が吐くと思っていないから。

「え?」
「LINEでいい?電話番号?」

教えてくれるか教えてくれないか。
その選択肢じゃない。思ってもいない二択に、ナマエはもう、有頂天で。

「っ、ど、どっちも教えて欲しいです」

あまりにも素直な返答に宮城は目を丸くし、その後で思わず吹き出してしまう。自分もスマートフォンを取り出し「どっちもね。いーよ」と楽しげに言う。

「ナマエちゃん、だよね?」
「え?」
「名前」
「あっ、はい、ナマエです。ミョウジナマエ」

なんで、覚えてるの。私が貴方を忘れられないのは当然だけど、なんで、私のことなんか。
ナマエは感激のあまり、声が出せない。目の前の王子様をじいっと見つめるだけだ。

「面白いね」
「え?」
「ナマエちゃん。すげー面白いね」

はい、これでヨシ。
宮城はナマエの、ナマエは宮城の連絡先をスマートフォンに覚え込ませる。絶対忘れたり、なくしたりしないでよね。現代の精鋭たちの知恵と努力が詰め込まれた電子機器に、そんなことを甲斐甲斐しく祈る。

「……褒めてますか?」

面白い、と言われたナマエは、いったいぜんたい私のどこが面白いのかと、ぐるぐる頭を悩ませた。そもそも、称賛なのだろうか。そんなことを真面目に考えているところが宮城にとっては愉快なのだろうが、必死な本人が気付くはずもなく。

「うん、すげー褒めてる。めちゃくちゃ褒めてるよ」
「ありがとう、ございます……?あ、あの、連絡してもいいですか、ご迷惑にならない程度に、」
「ご迷惑じゃないからいつでも連絡していいよ」

ゴメイワク、という大層な表現が再び愉快だったのだろう。にかっと、意地悪く笑った宮城は彼女にそう告げた。ぎゅうっと、心臓が握りつぶされるような感覚。あぁ、どうしよう、好きだ。そればかりがぼたぼた、溢れる。そろそろ離れないといけない。油断するとまた「好き」を好き勝手に吐いてしまう。

「あの、今日はすみませんでした。お時間作らせてしまっ……というか、無理やり作らせて……宮城先輩と話せて、嬉しかったです。ありがとうございました」

ナマエはじわっと頬を染め上げてはいるものの、ムズムズするような言葉を平然と告げるので宮城はやはり、気まずさを覚える。どんな顔をしたらいいのか、サッパリわからないのだ。ナマエはぺこっと頭を下げ、その後で「連絡します」と恥ずかしそうに言う。宮城は「うん」と、それだけ。その二文字だけの返事をする。それ以外、何を言えばいいのかわからないのだ。そして、なぜか彼女に小さく手を振っていた。無意識だった。なぜ気付いたかって?ナマエがそれを見てへにゃりと、顔を蕩けさせたからだ。もう一度頭を下げ、ぱたぱたと去っていく。
なんだ、なんか、すげー可愛い子に好かれたな。え、オレ、もしかしてモテ期か?
そんなことを思い、彼女をぼおっと、目で追う。馬鹿でかい後輩二人に駆け寄り、ペコペコと頭を下げていた。たぶん「ごめんね、せっかくお話ししてたのに」とか、そんな感じで謝っているんだろうと宮城は予想したし、それはきちんと的中していた。ただ、ナマエと宮城のやりとりはほんの数分のことだ。まだ、ナマエには好奇の目が向けられている。ただ、本人はもうすっかり、どうでも良くなっていた。寧ろ、ここにいる全員に自慢したいくらいだった。スマートフォンに新しくやってきた宮城の連絡先。それだけでもう、どうだったよかった。

2023/04/07