ミヤギにハマってさあたいへん | ナノ
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「あっつ……さっさと終わんないかな」
「さっさと、は終わんないだろーね」

蒸されている。真夏の体育館。ナマエは友人と共に、激励会が始まるのをぼおっと待つ。茹だるような暑さ。ユニフォーム姿の運動部員たちを見て思う。こんなクソ暑い中、身体を動かして死に至らないのだろうか。ただただ疑問だ。
教員たちは先ほどから「さっさと並べよ」と声を張り上げているが、あまり効果はない。しかしナマエは、一刻もこの体育館から脱出したかった。さっさと始めてさっさと終わらせてほしい。だからさっさと整列しているわけだが、だからと言って会合がさっさと始まるわけもなかった。集団の力というものは個人一人ではどうにもできない。身体に張り付くワイシャツがただただ不愉快だった。
そして、そんな不機嫌そうなナマエにあっけらかんと話しかけてくる人間。こいつがナマエを更に、不愉快にするのだった。

「なんで返事くれないの?」

返事をする必要がないからですよ、先輩。なんでそんなこともわからないんですか?
ナマエはそんな言葉を飲み込んで、無視をする。口は災いの元。沈黙は金なり。偉人たちの言葉は大抵、間違いがない。

「は?シカト?」

近寄ってきて、とても普通に話しかけてきた男は、ナマエの元恋人だった。先月、別れたのだった。一つ上の学年で、あとは……サッカー部の部長で、委員会は……記憶を遡ってみるが、どうしようもない情報しか転がっていない。そもそも、ナマエは生まれて初めて告白してされたので言われるがまま「まぁいっか!」という感じで付き合い、そのまま何事もなく二ヶ月で振られたのだ。元恋人、とカテゴライズするのも迷うほどだ。一応彼に理由を尋ねれば「思っていたのと違った」とのことで頭を悩ませたが考えるだけ無駄だと気付き、考えるのをやめた。ただ、どう思っていたのか知らないが、ずいぶん勝手だと思った。いま、隣にいる友人に話したら「男ってそんなもんだよ」と諭され、なーんだ、恋愛ってそんなもんか、と落胆した。初めての恋人だった。ナマエはこの時、思ったのだ。恋愛ってあまり面白くない、と。

「ねえ」
「っ、なに、」
「あ、やっと喋った」

掴まれた腕。苛立った表情。こちらを見下したような話し方。
なにか、好きになれるところがあればいいと思って過ごした二ヶ月だった。でも特に好きだなぁ、いいなぁと思うことのない二ヶ月だった。だから振られた時も特に悲しくなかった。そして、いま、改めて思う。やっぱり全然、好きじゃないと。強いていえば背が高い。それくらいだ。

「やっ、離して」

掴まれた腕が痛む。本当に、心の底から不愉快だった。隣にいた友人はいよいよまずいかもしれないと、周りを見渡す。誰かに助けを求めようとするが、担任は運動部の招集に行ってしまったし、同級生の男子たちがひとつ年上の彼になにかアクションを起こせるはずもなく。ナマエも状況を把握し、落胆した。あーあ、めんどくさい。こんなことになるなら付き合わなきゃよかった。やっぱり恋愛って全然楽しくない。そう思った時だった。少々ガラの悪い王子様が現れたのは。

「なにしてんの、先生呼んでんよ」

ぬっと現れた男子生徒。三年の、宮城リョータだ。バスケ部の部長で、ナマエが「こんなクソ暑い中、身体を動かして死に至らないのだろうか」と心配している側の人間だ。ナマエに絡む男の横に立ち、じとっとした目で、冷たい声で告げる。妙な威圧感。声を掛けられた男は勿論、ナマエもどきっとしてしまう。宮城の独特の雰囲気のせいか、ナマエの腕はあっさりと解放された。彼女は掴まれていた手首を摩りながら、宮城を見つめる。ユニフォーム的にバスケ部だと気付くが、元恋人よりもずっと、小柄なことにも気付く。
うちのバスケ部って、なんか去年凄い強いところに勝ったんだよな、確か。記憶曖昧だけど。この人、試合出てるのかな。
そんなことを考えていると、バスケ部の彼はもうすでに、先程まで纏っていたピリッとした空気を脱ぎ捨てていた。

「……宮城」
「サッカー部待ちなんですけど、俺ら全員」

さっさと始めてさっさとおわろーぜ。
宮城はもう威嚇する必要はないと判断したのだろう。困ったような声に変え、ヘラヘラとした笑みさえ浮かべる。

「あーわりぃ、いま行く」
「おー」

一連のことにぼおっとするナマエに、宮城は言う。だいじょうぶ?と。安堵している友人も同様の言葉を掛け、その後で「何アレ、あんなのと付き合ってたの」と辛辣なお言葉。ですよね。私もいま思いましたよ。あれ?こんなに「あんなの」だっけ?ナマエはそんなことを思い、困ったように笑う。
この一連の会話で、宮城は「あの男はこの子の元恋人なのか、それで揉めていたのか」と大体のことを察し、もしかしてまずかったのか?と思い、謝罪を届ける。

「えっ、あー……ごめん。もしかしてオレ、余計なことした?」
「え、あっ、違い、ます。凄く助かりました、ありがとうございます」

ぺこっと、頭を下げるナマエに、宮城は慌てた様子だった。「いや全然、そんな、お礼を言われるようなことはしてない」と、そう言いたげであった。

「困ってたっぽかったから、一応声掛けたんだけど」

みやぎー、と。今度はバスケ部部長を求める声がする。激励される側の人間が全員集まらないと始められない為、当然のことだった。ナマエは咄嗟に、自分の名前を告げる。それに「お礼がしたい」を付け足す。宮城は相変わらず困った様子だったが「三年の宮城リョータ」と教えてくれる。

「うで、へいき?」
「え?」
「痛かったら保健室行きなよ」

じゃあ、またね。
そう言って、同じユニホームを着た背の高い男たちの元へ行ってしまう。あ、流川くん。あぁ、桜木くん。見覚えのある顔。そっか、バスケ部だもんな、そういうことか。ナマエはしばらく、彼らを……いや、正確に言うと宮城リョータを見つめて、逸らす。左耳で光っていた彼のピアスが綺麗で、それが脳裏に、こびりついていた。

2023/04/06