7周年 | ナノ
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「っ、ちょっ……おみく、おみくん、っ」

私が悪いのだろうか。でも、私を束縛しないおみくんが悪い気がするのだ。言ってくれればいいじゃないか。男がいる飲み会なんて行くなって。

「意味わかんないんだけど。どういう思考回路してんの?」

こっちの台詞だ。確かに、バレーボールに懸命な貴方が好きだ。だが、私を放置しすぎているのではないのだろうか。強化合宿だか選抜練習だかなんだか知らないが、会いたい時に会えなくて、電話は繋がらないし、メッセージの数日既読無視は当然。そんな扱いを受けているのだ。好きなメイクをして、好きな格好で友人と飲み会に行くくらい、許してよ。たまたまそこに、友人の恋人とその知人がいて、当たり障りのない話をしてきただけじゃない。

「別にっ、……別に、何もないもん、何も、」

それは事実だった。特に楽しくもなんともない会合。その最中でおみくんから連絡が届いた。予定より早く終わったからこれから帰る、会える?と。だから私は、一瞬たりとも迷わずにそこを抜け出したのだ。彼に会いたいからだった。おみくんに会えるのなら、全てがどうでもよかった。友人は私が彼のこととなると周りが見えなくなることを熟知しているので「よかったね、気をつけて帰ってね」と笑顔で送り出してくれる。私の正面にいた人間の形をした肉の塊は「え?彼氏いるの?」と驚いた様子だった。えぇ、いますよ。貴方とは比べ物にならないほど、格好良くて素敵な彼氏が。そう言ってやろうかと思ったが、大人なので黙っておく。私、いま、ちょうご機嫌だし。
店を飛び出した。六センチのヒールも、各駅停車も、全てが煩わしい。駅からタクシーを拾って帰りたいほどだったが、そうはしなかった。おみくんが、駅の改札で私を出迎えてくれたから。久しぶりだった。このまま月曜九時の恋愛ドラマみたいに、彼に抱きつきたかったが、きっとおみくんはそういうのが好きじゃないから「久しぶり、会いたかった」と声にするだけで留めておく。
そう、ここまではよかったんだ。なんの問題もなかった。ただ、私を見たおみくんの眉間に皺が寄った。理解しかねる、が表情に浮かぶ。多分、私の赤い口紅が、濃い化粧、つまり「おみくんに会う用の私じゃない私」が気に食わなかったおみくんが問うた。

なに、その化粧。誰と会ってたの?

おみくんは濃い化粧をした私が好きじゃないのだ。私はどちらかというと、華やかで鮮やかな色が好きで、特にそのような口紅が大好きで、好んで使用していたわけだが、ある日言われたのだ。ナマエさんにはこっちの方が似合うと思うからと、桜色のリッププランパーと共に。

「何もないとかそういうのじゃなくてさ」

なんでわかんないかな。
それを滲ませた彼は、玄関で靴も脱がず、私に貪るような口付けを繰り返す。駅で合流した私の手を強く握り、タクシー乗り場が混雑していることを確認すると溜息。仕方ないとぼやき、繋いだ手はそのまま、引っ張られるように彼の部屋にやってきた。私に呼吸をタイミングを失わせるようなキス。頭がくらくらした。待って、やめて、落ち着いて。曖昧になっていく理性の中で、その辺の言葉を声にならない声で繰り返すが、効果はなかった。
あの、塗ると唇がふっくらと美しく見える上品なカラー。おみくんがくれたそれを塗っている時、彼はちゃんとそれに気付いて、よく褒めてくれた。だからおみくんと会う時、私は彼の好きな私になった。彼から貰ったリップに、肌に溶け込むブラウンのアイシャドウ。アイラインもブラックじゃなくてグレーを使った。彼は甘い言葉を吐くロマンチストではなかった。クールで、いつもつまらなさそうにしていた。でもそうやって時折、私の胸が弾む言葉を寄越す。私はそれが大好きだった。だから、そんなナチュラルな自分も愛し始めることができて、深い色の口紅の出番は徐々に減ったわけだが、それでもたまに、たまーに、それを塗るのが楽しかったのだ。ジェンダーレスが謳われる世の中だ。性別に囚われずそうしたって構わないのだが、それでも私はこれがあるから女に生まれてよかったと、そう思うほどに派手な口紅が好きだった。背筋が伸び、しゃんとするから。そんな自分でいると、美しい言葉が吐けるような気がするから。私が私に、自信をくれるから。
おみくんが隣にいない時、私はなんとなく心細いのだ。それを口紅で、長いアイラインで、たっぷり塗ったマスカラで、埋めているだけだ。そんなの、格好よくて、スタイルもよくて、バレーボールも上手な貴方には分からないだろうけど。

「ねっ、おみく……おみくん、おみくんっ、」
「俺、嫌だって言ったよね?」

言われていないよ。男と会うな、なんて。だって仕方ないじゃん、今日はおみくんに会えない日だと思っていたから、こんな私だって、仕方ないじゃん。

「った、わかったから、ごめっ、ごめんなさ、」

苛立った様子の彼が私の着ていたニットをたくし上げる。下着の上から、膨らみに触れる。ちょっと待って。無駄だと思うが声にして、やっぱり無駄なようで、行為はそのまま進むようで。

「わかってないでしょ」
「だって、……っ、だって、おみくん、何にも言わないじゃん、行くなって、言えばいいじゃん、っ」

ほら、わかってないじゃん。
彼は少し間を置いて、呆れたように言った。それもまぁそうなんだけど、みたいな空気を漂わせ、うんざりした様子だ。

「俺ね、好きなの。ナマエさんが派手な口紅塗ってるの。濃い化粧してるの」

あぁそうなんだ、そうなの、それは知らなかった、ごめんね。
彼が私の頬を撫でる。じいっと私を見つめ、長く引いたアイラインにキスをする。その後でいつもより強い力が胸の頂に走った。いつ下着の金具を外されたんだろうかと考えてみるが、そんなことを知ったところで何も解決しないことは明らかで、海馬を働かせるのをやめた。

「俺が好きってことは、他の人も好きでしょ?」

だから誰にも見せたくないんだよね、こうやってめちゃくちゃにキスしたくなって、ナマエさんのこと気遣ってやれなくなるから。頭おかしくなるほど、好きだから。

「変でしょ?」

うん、変だよ、どうかしてるよ。
でも、おみくんみたいな人が私のことなんか好きになっている時点で、私はおみくんって変な人だなと思っていたけどね。貴方はもっと可愛くて、スタイルがよくて、清楚で大人しくて、それこそ女子アナウンサーみたいなメイクをする女と付き合えばいいと思うから。
私みたいな女、誰も好きにならないよ。真っ赤な口紅を、フューシャピンクを、レンガ色のマットリップを自信満々に塗る女なんて、誰も。

「俺以外の人が、ナマエさんのこと好きになったら困るじゃん」
「ならないって、なに言ってるの」
「……ほんと、なに言ってるんだろうね」

くしゃっと、おみくんが笑む。あーあ、バレちゃった。さぞどうでもよさそうに、そう言って。

「俺ね、今日みたいなナマエさん、誰にも見せたくないの。誰にも見せない代わりに、俺も見なくていいって思ってたけど」

でもやっぱり好きだから、俺の前でだけこのナマエさんでいて。
可愛い、綺麗、好き、めちゃくちゃにしたい。
キスの合間にそんな言葉たちが絶えず降ってきて、私は恥ずかしくって、嬉しくって、いよいよどうでも良くなってきて。

「俺の前だけね」
「……おみくんって、ほんと、変だね」
「……変にさせたのはナマエさんだし、ナマエさんだってどうかしてるよ」

こんな俺と付き合ってんだから、絶対どうかしてる。
おみくんはそう吐き捨てると、私を抱き抱え、ダブルベッドに投げた。

「ごめん、あんま優しくできないかも」

そう謝罪をし、覆い被さってくれるおみくんに思った。
いいよ、貴方の言う通り、私もどうかしてるから。言ってなかったけど私ね、優しくないおみくんの方が好きなの。
そう思うが、まだ教えてやらない。もうしばらく、教えてやらない。

2023/01/22