7周年 | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
御幸くんから可愛い女の子の香りがして、泣きたくなった。
彼がスウェットを脱いだ時だ。フローラルシトラス。私が先月使い終わったヘア・オイルの香りに近かった。清潔感のある、軽やかで透明感のある香り。その香りに包まれながらいつも通りの行為が進むので、吐きそうになった。

「っ、うっ…ん、んっ」

色々、考えた。私に会う前に、誰か別の女の子に会っていたのだろうか。その子から、お裾分けしてもらった香りだろうか。御幸くんはそんなことするタイプじゃないと思っていたが、私の勘違いだったのだろうか。ひどくモテるくせに、女の子にさして興味はないと思っていた。
だから、私みたいなのと付き合っているんだと。そう思っていた。
私は、彼が大好きなだけの、何の取り柄もない私だ。

「わり、痛い?」

ぼろっと泣いてしまった。彼が私に打ちつける度に、そのいい香りが鼻を擽るから。悪い妄想ばかりが脳内を埋め尽くす。それが涙となって溢れる。彼の問いには首を横に振った。いつもよりも優しい声だった。一応、心配してくれているのだろう。

「ナマエさん?」

面倒な女は嫌いだろうと、彼に何かを求めることも、甘えることもしなかった。いや、まぁ、食パンに塗るジャムの瓶の蓋を開けて欲しいとか、ウォーターサーバーのボトル交換を頼んだりはするが、そうじゃなくて。
会いたい、とか。声が聞きたい、とか。寂しい、とか。
そういうの全部、くしゃくしゃに丸め込んでおいた。だから今更「なんで女物の香水の香りが御幸くんからするの?私以外に、定期的に会っている女の子いるの?」なんて、聞けない。

「じゃあ、どうしたの」

彼が私の中から出ていこうとする。慌てて、必死に、彼の腰に足を絡めた。不可解な表情を浮かべる御幸くんに「抜かなくていい」と伝えてやる。ますます「意味がわからない」を滲ませていた。

「……なんかあった、けど、言いたくない、ってこと?」
「好き」
「ん?」
「好き」
「……うん」
「御幸くん、大好き」

つうっと垂れる涙を、彼の指先が拭ってくれる。御幸くんは「好き」を返してこなかったが、別にどうだってよかった。好きだと思う。あぁ、好きだな。どうしようもなく好きだ、目の前の、生意気で可愛くないこの男が大好きだ。好きだから許せなくて、大好きだから許してしまう。
だってもう私、彼以外の人を好きになることなんてないだろうから。
そのまま、彼はかなり納得がいかない様子ではあったが、コンドームの中に吐き出してくれた。終始私を気にしてはいたが、それなりに付き合いが長いせいか、私が強情なことを理解しているようで、痛みがないことを数度確認するとこの場での原因究明を諦めたようだった。

「あのさ」

深夜のスポーツ番組。隣にいる男が画面の中にもいるのはいつまで経っても慣れなかったし、意味がわからなかった。マグカップ片手にキッチンから戻ってきた彼がリモコンを操り、チャンネルを変える。

「あちいかも。気をつけて」

私が座っているソファの隣にかけ、温めたミルクを手渡してくれた。「ありがとう」と「見たかったのに」を届け、彼を睨む。

「さっき、なんで泣いてたの」
「御幸くん、女の子の話を傾聴する時は温かい飲み物を用意して心を落ち着かせてやる、みたいな一般常識持ち合わせてるんだね」
「……それ、どういう意味?悪口?」
「ううん、どちらかというと感動の類だよ」
「感動してるってのが悪口だよ」

話したくないならいいけど。
興味もないだろうに、音楽番組に視線をやりながら御幸くんは拗ねたように言った。言葉と表情が全くリンクしていなくて愉快だった。

「あのね」
「うん」
「好き」
「うん、それはわかった。さっきも聞いた」
「誰と会ってたの?」
「え?」
「今日、誰と会ってた?」
「誰、って」
「何してたの」
「……何、っつーか」
「御幸くん」
「なんすか」
「なんでそんな、可愛い女の子の匂いするの、今日」

げえっと彼は顔を顰めたが、そうしたいのはこっちだった。もう少し上手くやれないものだろうか。あぁ、そうか。この人、そんなに器用じゃないか。そこが好きなんだもんなぁ、私。

「私以外の女の子と会わないで、とは言わないけど……もうちょっと上手くしてほしい」
「上手く?」
「浮気」
「はあ?」
「あからさまだから。それ気付いてくださいって言ってるようなもんだよ」
「……浮気って……俺が?」
「天下の御幸一也さんですから、するなとは言わないけどさ」
「……なんだソレ」

しないよ、そんな面倒くさいこと。
そう言って彼は立ち上がり、クローゼット。綺麗な紙袋を取り出し、私に差し出す。先月使い終わった、ヘアオイルを購入した店の紙袋。そうだ、人気の香りだから、同じ香りのハンドクリームも、香水も展開されているのだ。香水は少々値が張り、購入を見送っていたのだ。あぁ、じわじわ、恥ずかしくなってくる。

「……被害妄想、大変申し訳ございませんでした」
「さすがナマエさん、察しがいいね」
「どうしよう、凄い恥ずかしい」
「俺、浮気すると思う?」
「ううん、だからショックだったの」
「あぁ、そう」
「……付けてもらったの?」
「なんか、スプレー?ちゃんと中身が出てくるか確認するからよかったら手首に付けていかれますかって」
「……付けてもらわないでよ、ムエットでいいじゃん」
「何、むえっとって」
「そんなのも知らないの」
「むえっとって何」
「なんか厚紙にシュッてしたやつのこと。そんなことも知らないの?」
「そうだよ、そんなことも知らないのに」

好きな人に……ナマエさんにプレゼントしたいから買いに行ってきましたよ。
御幸くんは相変わらず、テレビに視線をやったままそう言った。可愛い彼にぎゅうとしがみつく。可憐で可愛い香りが、鼻を擽る。

2023/01/22