さんねんごくみのくろおくん | ナノ
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半径三メートルがいつの間にか一メートルになっていて、名を呼ばれて咄嗟に返事をする。胸はときめかない。数学の教師に呼ばれたときの方がドキッとするほどだ。繰り返し名を呼ばれ、今度はうんざりしながら返事をした。我ながら反抗的な声だった。

「なまえ」
「…はい、」
「そんな睨まなくても」
「睨んでないです」

なんか思ってたのと違う。
すみませんね、貴方の理想の彼女になれなくて。でも私だって先輩ってもっと頼りがいがあって格好良くておしゃべりも上手だと思ってたよ。思ってたのと違ったけど、それを受け入れて理解しようとしてたよ。
俺たち、一緒にいても楽しくないでしょ?
私、そんなこと一言でもいいました?言ってないですよね?なのになんで「君も同じ気持ちだよね?」みたいなテンションなわけ?楽しくしようと思ってないくせに。その証拠に話を振るのは私の仕事で、貴方はそれに対して答えるだけで私のことなんて一つも聞いてくれなかったくせに。山もオチも無い話を傾聴するこちらの身になってよ。
私、振られた時にこれ全部、ぶちまけたかったけど我慢したよ。今も我慢してる。言ったところでどうにもならないし、多分貴方は不機嫌になるだけだから。大人しく「そっかごめんな、俺も気をつけるから」なんて言ってくれないだろうから。だからつい、ジトッとした目で見てしまうんだろうね、すみませんね、悪気はないんですけど、心の奥底から湧き上がってくるやつなんで、どうにもできないんです。

「夏休み、連絡したんだけど気付かなかった?」
「はい、気付きませんでした」
「嘘、既読付いてたけど」

それは既読スルーって言うんですよ先輩、ご存知ないんですか?
八月の末、彼から連絡がきたのは覚えている。今何してんの?暇?みたいな、タチの悪いやつだったので返事をする必要性が見出せず、無視をしたことさえ今の今まで忘れていた。私、夏休みは忙しかったんだよなぁアルバイトで。化粧品とか、洋服とか、アクセサリーとか、欲しいものが沢山あるから頑張ってたの。元彼との復縁なんて求めてないの。

「え?今も無視?なんか言ってよ」

いやいや、言うことなんてないですよ。それともなんですか?既読スルーしてすみませんでしたって謝ればいいの?ただでさえでも暑くて苛立っているのに、藪から棒に、なんなんだこの男は。私も、そして隣にいる友人は私より苛立っているようで、隣から妙な圧を感じた。どうしようかなぁ、どうやっておさめればいいのだろうか。頭を悩ませていると彼の名を男の声が呼んだ。飄々とした声だった。赤いユニフォームが目に入る。

「部長さん、可愛い女の子困らせないでくださいよ。口説いてないでさっさと集まってもらえます?アナタ待ちなんですから」
「……黒尾」
「サッカー部がいないって教頭がお怒りよ」
「わりぃ、いま行く」

体育館の隅っこには応援されるであろう運動部の部長らしき人たちが招集されていた。彼はそちらへ向かう。半径一メートルがどんどん遠ざかって、とてもいい気分だった。

「何アレ。なまえ、あんなのと付き合ってたの」
「あんなのって」
「あ、付き合ってたの?ごめんね。なんか険悪ムードだったから良かれと思って声掛けたんだけど」

見上げる。背、高い。何センチだろう。多分、バレーボール部のユニフォーム。三年生…だよな。余計なことした?と問われたのでとんでもないです助かりましたと伝える。

「ありがとうございました」
「とんでもない。呼びに来たついでなので」
「先輩、バレー部ですか?身長何センチですか?
「バレー部の黒尾です、身長はちょっとサバ読んで百八十八」

友人が私が聞きたかったことをスラスラと彼にぶつける。さんねんの、バレー部の、くろおさん。

「あら、今度俺が呼ばれてるわ。じゃあねお姉さんたち」
「あの、黒尾さん」
「ん?」
「ありがとうございました」
「律儀ねえ、どういたしまして」

フッと笑った彼は大きな手のひらをひらひら揺らし、私たちから離れていく。背中、大きい。足、長い。前言撤回、一個上って、ちゃんと大人だ。友人の言う通り、個体差はあるけれど。いるんだなぁちゃんと、三年にも、普通に、ちゃんと、格好いい人。

2020/11/24