さんねんごくみのくろおくん | ナノ
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「クロ?」

きょろんとした目がこちらを一瞬捉えて、俯いた。可愛らしい瞳は、女の子みたいだと思った。
昼休みも半ばが過ぎた。隣のクラス、窓際後方の席。えぇ…と困った様子の孤爪くん。だからやめておこうって言ったじゃん。心の中で唱える。でも、私の友人は怯まない。そう、黒尾さん、連絡先知ってる?と。

「知ってるけど……教えればいいの」
「そんな簡単に教えていいの?」
「いいんじゃない、クロだし」
「孤爪くん、幼馴染って本当?」
「一応」

はいドウゾ。手渡された孤爪くんのスマートフォン。え?なに?咄嗟のことに私はあたふたしたが、人間というものは不思議なもので、差し出されたら戸惑いながらも受け取ってしまうものだ。ハンシャシンケイ、というやつだろうか。

「自分で取ったらいいんじゃない?許可、」

ディスプレイには「クロ」の二文字。え、いや、違う、そういうことをお願いしているわけじゃない。そして加えるなら、ぜったい、今じゃない。

「どーした?」

孤爪くんのスマートフォンを通して、彼の声が聞こえて、私は泣きたくなっていた。心臓がばくばくと喧しい。何も言えなくて、でも引き続き声は聞こえて、どうしようもなく慌てる。

「研磨?」
「あの、っ、ごめんなさい」
「え?どなた?何これ」

あの、体育館。酷く熱が篭って、息苦しかったあの日から、私は黒尾先輩のことばかり考えていた。バレー部部長で、身長がだいたい百八十八センチの、黒尾先輩。それしか知らない、あの人のことばかり。そんな私を見兼ねた友人が言ったのだ。好きなら連絡先くらい聞けば?教えてくれないことはないでしょ、と。

「ちょ、うるせーって、聞こえねえんだよ。は?彼女じゃねえわ」
「あの、ごめんなさい急に。孤爪くんから携帯借りて」
「借りた?」
「私、二年のみょうじです。二年四組の、みょうじなまえです。この間体育館で助けていただいた、」
「助けていただいた、って……そんな浦島太郎みたいなことしてないよ」
「え?」
「そんな昔話の主人公みたいなことしてないよ、俺」

ガヤガヤと煩かった彼の周りはいつの間にか静かになっていて、声がクリアに聞こえた。

「え?子どもに殴られてる亀助けたのって浦島太郎だよね?合ってる?」
「え、あ、はい、合ってると思います」
「なんだ、合ってるじゃん。何も言わねーから間違ってんのかと思ったわ」
「き、緊張してて。すみません」
「緊張?」
「はい、あの、とにかく、ありがとうございました。助けてもらって」
「さっきから大袈裟じゃない?」
「大袈裟じゃないです、あの、今更なんですけど覚えてますか」
「覚えてるよ、つーか研磨は?」

あぁそうだ。私、この人の連絡先聞いてなるべく早く孤爪くんにコレ返さなきゃ。ニヤニヤとする友人を放置して、私も廊下に出る。孤爪くんにごめんと口パクで謝罪する。未だ心臓は喧しいが、その喧騒に慣れてきた。

「私、黒尾先輩の連絡先知りたくて……同級生の女の子に聞いたら、孤爪くんと黒尾先輩、幼馴染だから知ってるんじゃないって言われて、それで」
「俺の連絡先聞きたくて電話かけてきたの」
「電話かけるつもりはなかったんです。孤爪くんに聞いたら、許可なら自分で取ればって。で、気付いたら繋がってて」
「意地悪な男だねえ」

そんなことない。多分、私、連絡先聞いたってメッセージ送れなかった。送れたとしても「この間はありがとうございました」って、クソつまんない一文で終了していたと思う。でも、こうなったから。もうちょっとまともな、つまらない文章を送れる気がする。

「あの、ご迷惑でなければ、黒尾先輩の連絡先教えてもらえませんか」
「いいよ、ハイ、スマホ出して」
「え?」
「なまえちゃんのスマホ」
「え、あ、はい。番号、私の言ったらいいですか。あ、でも黒尾先輩、電話ちゅ、うだから、」

ツー・ツー・ツー。
愛想のない電子音が右耳に。電波は遮断されたようだが、声が両耳から聞こえる。目の前にいる。

「LINEでいい?QRコード出せる?」
「んで、」
「え?」
「なんで、いらっしゃるんですか」
「いや、暇だったし。直接話した方が早いかなーって」
「待ってください、心の準備できてないので」
「何を準備する必要があるの」
「だって、黒尾先輩、かっこいいし、あと」

会えると思ってなかったから。
萎む声で言う。彼の顔を見上げることなど出来るはずもなく、見慣れたうちの高校の赤いネクタイを睨んだ。先程までの電波を通した軽快な会話が嘘のように、言葉は返ってこない。不安になり、彼を見上げる。目が合う。黒尾先輩の方が先に逸らして、プイと横を向く。やや赤い耳が見えた。

「あのねえ、そういうの、ほぼ初対面の人に言うもんじゃないよ」
「っ、す、すみません」
「勘違いされるからね」
「でも、私、」

きっと予鈴は空気を読んで、私の言葉を遮ったのだろう。ほら早く。彼が急かす。慌ててスマートフォンを操作し、任務を遂行すると、じゃあねと。あの日みたいに手のひらをひらひら、振ってくれる。
「でも私、黒尾先輩のこと本当に好きなので」って言わなくて済んだ。多分これはもっと、初対面の人に言うことじゃないから。

2020/11/24