さんねんごくみのくろおくん | ナノ
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「クリスマス?」
「え?会わない?」

二十四でも二十五でも、どっちでもいいんだけど。
彼は私に使い捨てカイロを渡しながら言う。じんじんと熱い。冷たい手のひらが瞬く間に幸福で満ちていく。
季節はすっかり冬で、どう考えてもここで昼食をとる時期ではなくなっていたが、居場所を見つけられない私たちはここに行き着くのだ。なんてったって、二人きりなのだ。それは何よりも大切で、心地いいものだから。

「部活じゃないんですか」

春高出場が決まっている。最近は練習も夜遅くまで続いているようで、加えて黒尾先輩は受験勉強もあって、きっとものすごく忙しいだろうに、そんな素振りを見せない。メッセージの返信は定期的だったし、愛しの水曜日をすっぽかされたこともない。焼きそばパンを齧り、飲み込んで、呆れたように。

「一日中部活してるわけじゃないからね」
「受験勉強は、」
「ご心配なく。ちゃんと進んでますから」
「……たいへん、じゃないですか」
「クリスマスに彼女と会えない方が大変よ。まぁ一日中一緒に居られるわけでもないけど……なまえちゃんは?予定ある?」
「……あるわけないじゃないですか」
「じゃあ俺が予約しちゃおーっと。そうだな……二十四日なら部活夕方からだし、昼前くらいからいかが?」
「いいんですか」
「勿論。逆になんでダメなの」

いいに決まってるでしょ。
黒尾先輩はものすごく普通に言う。何に遠慮してんのよとも付け足されて、きゅっと胸が熱くなる。だって私、未だに黒尾先輩と付き合っているのが信じられないんですよ。こんなに幸せで、大事にされて、なんで私なんかがって思ってしまう。それと、あと少しで彼はこの校舎から去ってしまう。その二つが入り混じって……あぁ、あとそこに「好き」がたっぷり追加されて、本当にもう、よくわからない気持ちになるのだ。一緒に居たいけど、一緒にいると苦しくもなる。それが「好き」だからなのか、もうすぐこうしていられなくなるという不安からなのか、自分でも分析できない。

「約束ね、二十四日」

こちらを向いて、微睡んだ表情で彼は告げる。私はただただ、何度も頷く。

* * *

「ここ置いていいの?」
「はい。すみません、重いもの全部持ってもらって」
「いーえ、これくらいしかできませんから」

相変わらず黒尾先輩は私の意見ばかり尊重する。クリスマス、なんかしたいことないの?に対して私は相変わらず、何も思いつかなかった。黒尾先輩と一緒に過ごせればそれでよかったから。彼にとっては、高校生活最後の冬休みだ。友人と過ごしたり、年明けの大会に向けて部活に勤しんだり……受験の為の冬季補講に出るのかもしれない。そんな詰め込まれた日々だろう。そこに自分がポンと、入り込めるのだ。そんな贅沢、許されるのだろうかと思ってしまう。

「さて、何からしましょう?」
「……スポンジも生クリームももう出来上がってるやつ買ったので、正直やることないんですけど」

ケーキ、作りたいです。昼間ならうち、誰もいないので来ませんか?
そう提案した時、前半部分は特に問題なかったようだが、後半の文章を聞いて黒尾先輩はやや、表情を雲らせた。苦虫を噛み潰したような顔。前回、私の部屋で起こったことが未だ消化できていないようだ。迷うような素振りを見せたが、オッケーの返事をくれる。俺、お菓子とか作ったことないけど大丈夫?とも言われたが私もほとんど作ったことがないので、そんなことは問わないでほしかった。

「苺、切りましょうか。スポンジ……は切れてますね」
「便利な世の中ね。生クリーム塗っていいの?」
「はい、お願いします」
「家庭科の授業みたいだね、調理実習」
「高校入ってからやりましたっけ?調理実習」
「一年の時にやらなかったっけ?ねぇコレ横も塗るの?どうやって?何を使って?」
「ちょっと待ってください、ヘラあるかな……どこだっけ」

白い生クリーム、真っ赤な苺、色とりどりのカラースプレー。それらを適当に塗りたくって、飾り付けて、たまにつまみ食いして、頭の中には勝手にクリスマスソングが流れる。なんか、付き合っているみたいで、幸福だった。いや、間違いなく付き合っているんだけど、やっぱり夢みたいだから。手の込んでいない、歪なホールケーキはすぐに完成して、写真映えしないとわかってはいるが、スマートフォンのカメラに何度も収める。わからないと思うが、愛おしいが詰め込まれているのだ。誰が見たってわからないと思うが、私にとってはこの不恰好が、どうしようもなく愛らしいのだ。

「え?このまま食うの?無理じゃね?余るよ」
「余りますかね……でもこのままフォークで食べたくないですか?」
「俺この後部活なんですけど」
「私、いっぱい食べます」
「まぁ余ったらなまえちゃんちの冷蔵庫にお邪魔させて貰えばいいからね。マグカップ借りますよ」
「シャンメリー飲むの久しぶりです」
「子どもの時しか飲まないよね」

琥珀色の液体。脚の長いグラスなど我が家に用意があるはずもなく、バラバラのマグカップ。メリークリスマスって乾杯して、くすぐったくて堪らない。

「つついていいの?」
「黒尾先輩さえよければ」
「じゃあいいね」
「すみません、行儀悪くて」
「いやいいよ、全く気にしてない。どうせ俺たちしか食べないもんね」

シャンパングラスはどこを探したって見当たらないだろうが、さすがに皿くらいは食器棚にある。用意すればいいのだが、この背徳感が歪なケーキを美味くすると思うし、彼の言う通りふたりきりだし、これでいい気がする。スポンジは既に焼かれたもので、生クリームはふわふわ、ホイップ済のものだ。私たちは苺を適当に切って適当に乗せて、仕上げにカラースプレーをぱらぱらっと振りかけただけだが、それでもじゅうぶん、特別に美味しかった。多分、黒尾先輩が隣にいるからそう感じるだけなんだろうけど。人間の舌なんて出鱈目で適当なものだ。そんなもんだ。

「ごめんね」
「……何が、ですか」

私は絶えず、幸福の味がする甘いそれを口に運んでいたが、黒尾先輩はフォークを動かすのをやめ、謝罪をした。

「プレゼントも何もなくて」
「え、いやそんな……私も用意してないですし……ていうかそれ、ちょっと前に話したじゃないですか。お互いしないって」

可愛いアクセサリーでもプレゼントしてあげられたらいいんだけど、何も用意できないからなまえちゃんも何も用意しないでね。
そうやって、黒尾先輩から忠告されていた。加えて、冬休みだしバイトくらいできればいいんだけど、と彼は謝った。そんなことは聞かずともわかることで、これっぽっちも謝る必要もないことだった。なのに申し訳なさそうな顔をしばらく崩さなかったし、極め付けにまた謝ってくる。

「何もしてあげられないなーと思いまして」
「そんなことないです」
「いや、普通もうちょっとこう……あるんですよ、普通は」
「私、黒尾先輩と居れるだけで、」
「優しいね、なまえちゃんは」
「そんなんじゃないです、本当に……ほんとに、いいんです。一緒に居れれば、それで」

私が何を言おうと、彼を救うことなどできないようだ。しんとした部屋、暖房機器が部屋を暖める音だけ。珍しく落ち込んでいる様子の黒尾先輩に、私は我儘を言う。

「黒尾先輩、あの、じゃあ、ぎゅってしてほしいんですけど」
「はい?」
「えっ」
「……なに?ぎゅって?してほしいの?」
「はい、ぎゅって……だ、だめですか」

抱き締めてほしい、という要望をぶつけてみると彼は不可解な表情に変わり、ちょっと笑って、俺はいいけど、なまえちゃんはいいのって聞く。いいに決まっているでしょう、私が「して」って言ったんだから。全く、こっちの台詞だ。優しすぎるのだ、彼は。

「おいで」

両手を広げ柔らかく言い、おずおずと近付く私をぎゅっと、包む。大きな手のひらが髪を、背中を撫でてくれる。こんなことでいいならいつでもできるからいつでも言って、と耳元に届く。

「……いつでもいいんですか」
「もちろん、俺にできることならなんでもどうぞ」
「あの……じゃあ……ごめんなさい、キスも、したいです」
「……なんで謝んの」
「だって、」

私が「黒尾先輩は私とキスしたくないかもしれないじゃないですか」を主張する前に、唇が重なる。触れて、離れる。それを何度か繰り返して、私の思考回路がとろっとした頃、身体が火照り始めた頃だ。

「ねぇ、俺もいっこいい?」
「え?」
「我儘、言ってい?」
「……はい、私にできることなら」
「口開けて」
「え?」
「はい、あーん」

反射神経だろうか。海馬が思考を放棄したせいだろうか。私は言われるがまま口を開ける。彼の舌が口内にやってきて、絡まる。何をどうしたらいいかわからない私は、黒尾先輩にされるがままだった。どのタイミングでどう呼吸をしたらいいのかもわからない。恥ずかしい。苦しい。気持ちいい。それらが適当に混ぜ込まれて、身体がびくびくと跳ねる。どうにかなってしまいそうで、怖くて、彼が着ていた深いグレーのニットをぎゅうっと掴む。自分の上擦った声が、部屋に響く。

「……ごめん、やだった?」

優しい彼は私の心中を察したのか、息苦しさと気持ちよさから解放してくれる。頬を包んで、唇の端から垂れるどちらのものかわからない唾液を指先で掬って、こちらをじいっと見つめて、問う。そんな風に見つめられると、素直に答えるしかなかった。

「や……じゃ、ないんですけど、……なんか、へんな感じ、して」
「もうちょっとしていい?」

コクンと頷くと彼は笑って無理しなくていいよって言ってくれるが、別に本当に嫌じゃないのだ。ただ、慣れていない自分が恥ずかしくて、情けなくて。

「わたし、へた……ですよね」
「……さぁ、どうだろ。俺もこんなのしたことないからわかんないけど」

でもしたいからするね。黒尾先輩はそう言って、またたっぷり、絡めてくれる。もう年の瀬だというのに、身体が全部、熱い。内側も、外側も、触れ合う舌も、全部ぜんぶ、熱いのだ。

2021/06/15