さんねんごくみのくろおくん | ナノ
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「わかんないところあるんなら聞きなさいよ」

放課後、自習室。体育館の整備で急遽練習がなくなった彼と二人きりだ。その分、週末のデートが潰れてしまったが仕方がない。毎日会いたいので、急なお誘いだって大歓迎だった。すっかり日が暮れるのが早くなり、外はほとんど夜に等しい。私が熱烈に見つめていたせいだろう。黒尾先輩はこちらをチラリと見つめ、言う。問題集に視線を落としながらシャープペンシルをカリカリと動かす彼があまりにも格好良くて、つい、見惚れてしまう。

「私、黒尾先輩と同じクラスがよかったです」

彼の親切を無下にする。わからないところはあるが、それはそおっと、隅に放置して、パッと思い浮かんだ愚痴を。

「留年しようか?まだ間に合うかな」
「いいんですか?もう一年、三年生でいてくれます?」
「恥ずかしくない?ダブった奴と付き合うの」
「ふふ、冗談です。同じ教室で勉強したいなぁって思っただけです」
「……ね、楽しかっただろうね」

手に持ったペンをすらすらと動かしながら彼は当然のように言った。黒尾先輩が「もしも私と同じクラスだったら」を想像してくれているだけで、嬉しかった。

「いいなぁ、黒尾先輩と同じクラスの女の子」

こうやってつまらない授業中に彼を眺めて幸福な気分になれたりするのだ。素晴らしいと感動さえする。

「そんなこと言うのなまえちゃんくらいよ」
「文化祭も、あんな格好いい姿眺め放題だったわけだし」
「誰も見てねーって」
「見てるんですよ。あの格好、嫌いな女子いないです」
「……でもまぁ、同じ学年だったらなまえちゃん、俺のこと好きになってないだろうね」

思ってもみない方向からの言葉。本気で、心からの「え?何でですか?」が飛び出してしまう。彼は言わないとお分かりになりませんか?という表情で説明してくれる。

「俺が先輩だからちょっと格好良く見えてんのよ。こちらとしてはありがたいけど」
「えぇ、そんなことないです。入学式で一目惚れしてます。意地でも付き合います。多分私が先輩でも黒尾先輩……?黒尾くん?のこと、好きになります」
「じゃあ俺はなまえ先輩のこと好きになるの?」

後輩の「黒尾くん」をいっしゅん、想像する。彼のことだ。どう足掻いても彼の手のひらで踊らされる気がするが、それでもきっと、好きになる。

「が、がんばります。どうしたらいいか、具体的には何も浮かびませんが」
「……太鼓叩くの上手ね、ほんと」
「嘘じゃないです、本気ですもん」
「なまえちゃんは歳上が好きなんだと思ってた」
「私もそう思ってたんですけど……多分そうじゃなくて、黒尾先輩が好きなだけです」

私も随分、成長したものだ。好きって、ふわっとさらっと、言えるようになった。ううん、言いたかった。もう、体内に留めておける量じゃない「好き」を所持しているから、時折こうして、ぶつけてやらないと破裂しそうになるのだ。

「でも、そうだね。俺もそうだもんなぁ」
「ん?」
「なまえちゃんが先輩でも後輩でもタメでも、どうにか俺のこと好きにさせるもん」

ふっと楽しそうに笑って、こちらを見て、ニヤリ。好きにさせるまでもないよ、勝手に好きになるから。そう言いたかったのに「つーか進んでねえし問二間違ってるんですけど」とご指摘をいただき、楽しいトークは終了。やっぱりこの人には敵わないと思う。時計と俯く彼、自分の問題集をチラチラ見ながら過ごした。「集中しなよ」と笑う辺り、彼も多分、あまり集中していない。

* * *


「やってるって!黒尾さん!」

教室に駆け込んでくる友人、キラキラとした笑顔。ほら行くよと手を掴まれ、体育館への最短ルート。体育はだるいし、夏の体育館は蒸し風呂のよう。冬はキンと冷たいだけで、愛着など沸くはずもなく。体育館に駆け込むことなんて、人生で一度もないと思っていた。なのに、彼が、黒尾先輩が球技大会で、春高進出を祝しエキシビジョンマッチをやっているとかで、そんなことを一切聞いていない私はやるせなくなったりして。

「孤爪くんはただのお遊びだよって言ってたけど」
「また孤爪くんに聞いたの?」
「え、うん。バレー部と黒尾さんのことは孤爪くんでしょ」
「……あんまり孤爪くん困らせないでね」
「私が孤爪くんに聞かなかったら格好いい黒尾先輩拝めてないんだから感謝してよね」
「……黒尾先輩何で教えてくれないのかな」
「恥ずかしいんじゃない」
「何が恥ずかしいの、格好いいだけじゃん」
「はいはい、お幸せに」
「ちょっと、真面目に聞いてるんだけど」
「惚気にしか聞こえないんですけど」

彼女が言うには(彼女も孤爪くんから聞き出しただけらしいが)球技大会の男子優勝チームとうちの男子バレー部が試合をするらしい。体育館が近付く。わぁっと声が上がった。なんだろう、始まるのかな。まだ間に合うかな。こういうの、校内放送で教えてくれてもいいと思うんですけど。考慮していただけませんかね。人混みを掻き分ける彼女の後ろをそおっと着いていく。すみません、ごめんなさい、ちょっと通してくださいと細々、声を出したが、本当なら「私、自慢の格好いい恋人を見にきたんです!なので退いてもらえますか?!」くらい言いたいものだった。一般常識を多少備えているので、もちろん声には出さないが。

「あっ、いた!黒尾さん!見える?」
「見えない、」
「こっち!私と代わって、場所」

ぐっと彼女に引かれ、人と人の間から顔を出す。踵を浮かせる。背の高い彼が見える。

「黒尾さーん!頑張ってくださーい!なまえ来ましたよー!」
「ちょ、声大きいから」
「え?大丈夫だって、みんな応援してるし。これから始まるっぽいね。よかった、間に合って」
「あと私の名前出さなくていいよ」
「えぇ?もう校内公認なんだからいいでしょ」

私と黒尾先輩が付き合っていることは、文化祭の一件でぶわっと広がったように思う。今までも内緒にしていた訳ではないし、特に問題はないのだが。ただ、おかげさまであまり話したことのない友人からも「バレー部の部長さんと付き合ってるんだね」なんて言われることも増えた。お似合いだねなんて、お世辞も届いたりする。いつも黒尾先輩の隣にいるご友人も私に手を振ってくれるようになったし(黒尾先輩は仲のいい彼に対して「俺の彼女なんだからやめなさいよ」なんて言っていて、それもまた好きだ)サッカー部のあの人からの連絡は途絶えた。残り少ない時間を、精一杯楽しませていただいている。今日だって、ほら。

「あら、お姉さん来たの」
「っ、ご、ごめんなさ、い」

あーあ、内緒にしてたのに。
黒尾先輩がコートから外れ、こちらにやってくる。驚いた私は咄嗟に謝るが、どちらかと言うと彼に謝ってほしいことを思い出す。

「……何で教えてくれないんですか」
「え?恥ずかしいじゃん」
「友だちが教えてくれなかったら見にこれませんでした。酷いです、黒尾先輩」

私、もうずうっと見ていたいの、貴方のこと。同じ教室にいられないなら、これくらい見たいよ。同じ校舎で過ごせる間に、どんな黒尾先輩だって焼き付けておきたい。あーあ、あと数ヶ月で卒業しちゃうんだよなぁこの人。そう思うと、じわっと滲んでくるものがあって、そんな私を察したのか、彼は小さく「ごめんね」と言うだけでそれ以上何も言わなかった。

「黒尾、始めるって。サーブ頼む」
「はいはい、いま行く」
「くろお〜、手ぇ抜けよ〜」

チームメイトからも、相手チームの三年生からも声が掛かる。駄々を捏ねた私の頭に、彼の手のひらが乗る。

「……さっきまでは手ぇ抜いてあげられたんですけどねえ」

独り言のように呟き、また後でねって私に言った。コート後方、ピィっとホイッスルの音。きゃあと騒ぐのは一年生だろうか。ほら、黒尾先輩、オモテになるんですよ。だから言ったじゃん、私、そういうのわかるんだって。募る苛立ちと不安。そんなのお構いなしで、黒尾先輩は空中にボールを放り、同時に彼も踏み出す。数歩進んで、飛んで、身体を反らす。いつもはゆったり揺れる大きな手のひらが力いっぱい、ボールを叩く。それはネットぎりぎりを通り、瞬く間に相手コートの隅に落ちた。優勝チームは誰ひとり、一歩も動かない。またホイッスルが鳴り、わあっと盛り上がると、体育館に熱が生まれた。私はチームメイトにハイタッチを求める黒尾先輩を、ただただじいっと見つめる。一瞬も見逃したくなくて、ただただじいっと、見つめる。

「……クロ、何で本気なの」
「そーですよ、お遊びでいいって言ったの黒尾さんじゃないっすかぁ」
「前言撤回。僕の可愛い彼女が見にきてるんでねえ」
「私利私欲の塊だな」
「申し訳ないね、でも格好悪いところ見せらんないのよ」

さ、もう一点取ろうか。
そう言ってまた、コート後方。こちらを見たりしない。でも、きっと届くだろうから。

「頑張って、黒尾先輩」

絞り出した声。彼はやっぱりこちらを見ない。でもそのまま、にっと笑んでくれるから。それだけでじゅうぶんだった。可愛い歓声ももう気にならない、どうだっていい。

2021/05/31