さんねんごくみのくろおくん | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
「ごめんなさい、遅れました」

その後で言った。明けましておめでとうございます、と。彼からも同じ言葉が返ってくる。その後で「遅れてないよ、俺が早いだけ」もやってきた。よく晴れた日だったが、年が明けたばかりだ。頬には冷たい空気が触れる。鼻赤い、と黒尾先輩が笑う。何故だろう。なんだか妙に、泣きたくなる。
春高初戦突破祈願と、黒尾先輩の大学受験合格祈願したいです。
そう提案したのは私だ。親切な彼は「二個とも俺のこと祈願するの?自分のことも祈りなさいよ」と呆れたが、今の私はほとんど、黒尾先輩なのだ。黒尾先輩が幸福であれば自分も幸福だし、悲しかったら悲しい。そういう状態だ。出会った日から好きは募り続け、もうてっぺんが雲の上を突き抜けているような感じ。そのくらい、好きで、好きで、堪らない。
強いて言えば「もうしばらく彼と一緒に居られますように」と願いたいが、叶わなかったら神を呪いたくなってしまう気がして、それに彼の前で声に出すのも恥ずかしいので、放っておく。

「赤いですか」
「うん、赤い。赤いけど可愛いよ」
「……黒尾先輩のそういうとこ、好きだけど嫌いです」
「どっちよ」

ふうっと彼が笑う。ほわっと、白い吐息が舞う。そういえばなんで寒いと鼻赤くなるんだろうね、なんてどうでもいい話題を寄越す。その間に、いつの間にか手のひらが繋がって、私はびくっと反応してしまう。いつまで、慣れないんだろうか。不安になるほどに、ドキドキする。

「手、嫌?」
「……嫌じゃないです」
「そ」

あったかいです、と溢す。彼がこちらに視線を寄越す。ん?と、私の方に耳を近付けてくれる。いつも、そうだ。私が独り言のように言葉を溢す度に、それを彼は全て、ぜんぶ、掬おうとする。聞き流してもらって構わない戯言を、全部拾い集めて、大事にしてくれる。

「……くろおせんぱい、て、あったかいです」
「なまえちゃん、大抵冷たいよね。寒くない?」
「だいじょうぶ、です」

予定通り、私は彼のことを二つ、心の底からたっぷり祈った。願った後で、思い出す。「え?願い事って人に言うと叶わないんでしたっけ?」と彼に、焦りながら問う。黒尾先輩は「あぁ、なんかそんなんあるね」と他人事みたいに。私が謝罪をすると、祈るために一旦解いた手をまた繋いで、言う。いいよ、そんなのって、言う。

「可愛い彼女がこんな寒い中、俺のこと祈ってくれてんのに、悪いわけないでしょ」

***

いつもは冷たい自分の手。たったさっきまでも冷たかった手が、今は抱えきれないほどの熱を発していた。
黒尾先輩の部屋は、黒尾先輩の香りがした。机の上には参考書がたくさん積まれていている。すごく片付いているわけでも、散らかっているわけでもないが彼は「ごめん、汚くて」と謝っていた。
つまり、私はこの部屋に来る予定はなかった。初詣を済ませた私たちは、昨日話していた通り、近くのカフェに立ち寄る。が、扉に一枚の貼り紙。本日から営業の予定だったが、コーヒーメーカーが故障した。年始で修理に時間がかかる。暫く休む。営業再開の旨はインスタグラムにて報告すると、そんな内容だった。どうしようか、と彼が私を見る。近くのコーヒーチェーン店は人間でごった返している。テイクアウトで、も考えたがこの気温だ。黒尾先輩が風邪を引いたりしたら嫌だ。それを思っているあたりで「外、さみいもんね、なまえちゃんが体調崩したら嫌だし」と言った。敵わないな、と思った。
その辺りだった。黒尾先輩が何か思い付いたように「あ」と声を出した。

「うち、来る?」
「え?」
「若干、部屋散らかってるけど。誰もいないです、多分」
「黒尾先輩の、おうちですか」
「…………なんで赤くなってんの」
「ち、ちがっ……なってないです」
「なってんのよ」
「じゃあ、寒いからです」
「大丈夫よ、何もしないから」
「しないんですか」
「ん?」
「なにも、しないんですか」
「……どういう意味で言ってんの、それ」

いいの?俺んちで。
黒尾先輩は私の「そういう意味です」という返事を待たなかった。無理やりピリオドを打って、私の手を引く。私はずうっと、もやもやしている。私、別に、いいのに。それを抱えながら彼の家の近くのコンビニエンスストアに寄って、お菓子とホットドリンクを購入する。店を出てからも変な空気は私たちを取り込んでいた。小さな袋と妙な緊張感を所持したまま、到着。お邪魔します、と唱える。心臓は元気が良くて、喧しい。こっち、と彼が誘導してくれる。どうぞ、とドアが開く。

「……そんな見る?」

余程きょろきょろしていたのだろう。彼からのご指摘で気付く。

「っ、ご、ごめんなさい」
「寒いね、ちょっと待ってて。あったまんの遅いんだよね、俺の部屋」
「いえ、そんな、全然」
「上着脱ぐ?掛けとくよ」
「あ、はい、ありがとうございます」
「そんな緊張しなくても」
「え、あ……すみません、なんか」
「居心地悪い?いい加減座れば?」

私のコートをハンガーに掛け、彼は苦笑する。取って食ったりしないよ、と。彼よりも一年遅れて生まれてきた私はやっぱり子どもで、ムッとして言葉を返す。取って食えばいいじゃないですか、と。ローテーブルの前に座る。背後にベッドがあるが、それを背もたれにできるほどの余裕を、私は所持していない。

「いいですよ、別に、私」
「……取って食う、の意味知ってる?」
「わかります」
「あのねぇ、別に、俺、そういうつもりで」
「私、そういうつもりで来てますよ」

黒尾先輩が黙る。だから、私は続けて話す。

「あの日から、黒尾先輩と会う時は、そういうつもりです」

あの日というのは、あの日だ。雨の降っていた日。まだこんなに、寒くなかった日。散々してもらって、自分は彼に何もしてやれなかった、あの日。
言葉は少なかったが、察しの良い彼は「黒尾先輩が私の部屋に遊びに来てくれたあの日」がキチンと頭に浮かんでいるようだった。

「……なんで」
「なんでって、……黒尾先輩は、」

したくないんですか?私はしたいです、貴方のことがどうしようもないくらいに好きだから。
それを声に出しかけて、やめた。暴走気味だった自分も、流石に言い淀んだ。彼を挑発するような言い方だ。不愉快だろう。でも、これが事実なんだ。黒尾先輩と、最後までしたい。これだけだ。でもこれを、なんと言えばいいのだろうか。頭の中にある単語たちをあれこれ手に取ってみるが、どれも適切でない気がして、私も黙った。当然のように、部屋には静粛が顔を出す。チクタク、時計の秒針だけが規則正しく音を出す。私は黙って、彼にぎゅうと抱きつく。黒尾先輩はたぶん、いっしゅん驚いて身体をこわばらせたが、直ぐに包んでくれた。手のひらが背中を摩る。どんどん、好きが溢れる。

「……しないんですか」
「ん?」
「ぜったい、聞こえてますよね」
「うん、ごめん、聞こえてはいる。理解が追いついてないだけ」
「黒尾先輩」
「こんなこと聞くのアレだけどさ、したいの?」
「……可笑しいですか?」

黒尾先輩のこと好きだからしたいんですけど、可笑しいですか?
私は顔を上げて、彼の目を見つめて、言う。ちょっと怒りを混ぜた声だったかもしれない。黒尾先輩はちょっと考えて、私の髪を指先で撫でて、言った。暖まりにくいらしい彼の部屋はすっかり、心地よい温度になっていた。どちらかと言うとじわっと汗ばむほどだったが、これは私が彼と触れ合っているせいなのかもかしれない。

「可笑しくないと思うよ」
「……じゃあ、いいじゃないですか」
「俺は……俺も、なまえちゃんのこと、好きだよ。だから……なんつーか、こう……大事にしようとしてたんだけど」
「……しないことって、イコール、大事にしてる、なんですか」
「うーん、どうだろ。難しいね」

ひゃ、と。私が情けない声を出したのを、黒尾先輩は「やっぱりね」みたいな顔で見つめた。彼の手のひらが着ていたニットの中にするっと、入ってきたのだ。

「なまえちゃん、俺、いまからいっぱい触るよ?いいの?」

彼が耳元で、意地悪く言う。私が「えぇ、じゃあやっぱりやめとく」なんて、言うとでも思っているのだろうか。だから私は、言う。私もいっぱい黒尾先輩に触りたいですって、今までずっと言いたくて言えなかった欲望を、口にする。

2022/05/04