さんねんごくみのくろおくん | ナノ
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「黒尾さん、あの、なまえ、なまえが、」

グラデーションカクテルは、どうも写真映えするようだ。色の付いた甘ったるいシロップと炭酸水を注いでやっただけだと言うのに、何がそんなに愉快なのだろうか。まぁ、比較的楽な仕事なのでいいんだけれど。そんな風に思いながら淡々と仕事をこなしていた。午前中、比較的忙しくしていると声が掛かる。切羽詰まった声。それっぽく見えるでしょ、と言って渡されたベストとロングサロン。午後から可愛い彼女とこっそり、校内を一周する予定なので正直店番をしている午前中はどうだってよかったのだ。なのに、名を呼ばれたから。見覚えがある女の子。よく、なまえちゃんの隣にいる子。すみません急に、今ちょっとだけいいですか。クラスメイトにちょっと抜けるわ、と断りを入れる。話を聞いて、階段を上がる。サロンが邪魔で、苛立って。

***


「つーか、いつまで無視してんの、俺のこと」

もう関わりたくないからに決まっているじゃない。そう言いかけて、それを発言する気力もなくて、心の中でたっぷり項垂れる。
秋がスムーズに、深くなっていく。朝晩になると冬の気配さえも感じさせた。いつの間にか文化祭がやってくる。去年は全く、これっぽっちも楽しみでなかったそれ。でも今年は違った。今年は午後から黒尾先輩と一緒に過ごす予定だからだ。それまで友人と一緒に時間を潰しつつ、黒尾先輩のクラスに遊びに行こうと話していたのだ。彼女がお手洗いに行くというので、私は廊下で普段とは違う賑やかな校内を眺めていたらこれだ。

「なぁ、聞いてんの」

聞いてますよ。一応、耳、あるので。聴力、失っていないので。でもさ、そんなこと、いちいち言わなきゃいけないんですかね?もう関わりたくないから無視してるんですよ、私。それ、言うの?わざわざ?私が?それって可笑しい話じゃない?言わなくてもわかってよ。たまに、月に数度送られてくる短いメッセージにも返信していないんだから、それくらい察して欲しいものだ。ぎゅうぎゅうと握られる手首が痛い。よくもまぁ、人の目も気にせずにこんなことできるな。おかげさまでなんか目立ってるんですけど。そして生徒たち、困窮している私に気付いているのなら是非助けていただきたいのですが。黙っていると文化祭一緒に周ろうよ、と見当違いの言葉が降ってきて、私はもう泣きたくなっていた。

「……離してもらえますか、腕」
「いいじゃん、別に。彼氏いないんだし、一緒に周るくらい、」

精一杯、振り絞る。言わなきゃわからないのだ、この人。でももう、口も聞きたくないのだ。だから色々押し込んで、この場を離れることだけ考えての発言。でも、無事に無駄だった。刺さる視線も不愉快だ。見回りの先生とかいないわけ?来年から各フロアに一人、付けた方がいいですよ。こんな先輩に絡まれるの、かなり、相当、不愉快なので。

「残念。この子いるよ、彼氏」

ふわっと、肩を抱かれる。泣きたくて仕方なくなる。

「……黒尾?」

掴まれていた手首はあっという間に解放。黒尾先輩はいっしゅん、私の方を見て「大丈夫?痛くない?」と問う。声も出さず私は数度頷くのみだ。見慣れないカチリとしたベスト姿。よかった、と笑んで、飄々と続ける。

「あら、お兄さんナンパ?この子俺の彼女なんだけど、何か御用?」
「……付き合ってんの」
「はい、如何にも」

わかった。黒尾先輩が、じわっと怒りを滲ませているのが。声が違う。私に向けてくれているものと違う。小馬鹿にするような、穏やかに喧嘩を売るようなワードのセレクト。

「っ、いつから」
「関係ないですよね」

なんでだろう。私も意外と、苛立っていた。ここから立ち去らない彼に。黒尾先輩を怒らせているからだろうか。それともいい加減堪忍袋の尾が切れたのだろうか。我ながらピリリとした声。キッと睨んで言ってやる。外野からの視線とは別に、黒尾先輩からの視線も感じた。口をつぐんでいた私が声を上げたからだろう。すみません、黙ってべそを掻いていた方が可愛いのはわかっている。それでも声を止めることはできなくて、頭の弱い彼でも理解できるように、きちんと全て、伝えてやる。

「私と黒尾先輩がいつから付き合ってるかなんて、関係ないですよね?」
「……まさか、俺と付き合ってる時から、」
「あのねえ」

ひと呼吸置いて、黒尾先輩は心底呆れたように、面倒くさそうに言う。
んなことする訳ないでしょ、なまえちゃんが。
私はそれが嬉しくて、感動さえもして、目の前にいる人間のことなんてどうでもよくなってしまうほどだった。

「付き合ってたくせにそんなこともわかんねえの」
「俺は、っ、別に」
「代わって」
「え?」
「店番。それでチャラね、いやチャラにできるかわかんねえけど……とりあえず行って。そこそこ繁盛してんだわ」

黒尾先輩はベストを脱ぎ、続けて足首まである長いエプロンも取ってしまう。乱雑に渡した。彼はまだ何か言いたげだったが、これ以上この場所で言い合いをするメリットがないことくらいは、どうにか理解できるらしい。冷ややかな視線がたっぷり注がれているのは一目瞭然。特に女子生徒。なにあれ、最低、ありえなくない?そんな言葉が充満している。去っていく背中を見て、ほっとして、彼を見上げた。パチンと目が合う。好きが溢れる。

「マジびびった。ありがとね、教えてくれて」
「あ、いえ、あの、私はそんな、」

私も黒尾先輩に続き、彼女に礼を述べたが気まずそうな顔をするだけだった。おまけに「ちょっと用事足してくるからまた後で」なんて言葉を残して去っていってしまう。なんか、変な気を遣われているな、後で連絡しないと。そんなことを考えているとゆらゆら揺れるあの手がずっと触れていた私の肩をさすった。本当大丈夫?って、心配そうにこちらを覗く。一気に力が抜けて、へたりと座り込みそうになって、彼が慌てて支えてくれて。

「はいはい、怖かったね。あんまり無理しなくていいのよ」

三歳児をあやすような柔らかい声。先ほどまでとは全く違う、いつもの、聞き慣れた大好きな声。

「ごめんなさ、」
「んーん、謝んなくていいんだけど」

なんかたまに連絡きてたらしいじゃん?さっき聞いたけどさ。それ、俺知らないんですけど。
彼女が、話したのだろう。相談したことがあった。サッカー部のあの人からたまに短くてつまらない言葉が届くことを。ずっと無視しているけれどなくならない、と。きっとここに到着するまでの数分で話したのだろう。黒尾先輩に言っていたら、こんなことにならなかっただろうなと思う。ごめんなさいと告げる。自分が情けなくて半分くらい泣いていたので声が小さく、震えていた。

「俺、なまえちゃんになんかあったら嫌だからさ。そういうのはちゃんと相談していただけると嬉しいです」
「ごめんなさい」
「謝んなくていいって」
「すみま、ごめんなさ、っ……ごめんなさい、」
「え?なに?俺の声聞こえてます?もしもし?」

聞こえてます、耳、あるので。聴力、失われてないので。でもそれしか言えないの。

「なまえちゃん?」
「……くろおせんぱい、」
「はぁい」
「すみませんでした、ごめんなさい」
「だからいーって、」
「……あと、さっきの……長いエプロンと、ベスト」
「うん」
「あれ、格好良かったです」
「……もっと早く言ってよ、あいつにプレゼントしちゃったじゃん」

やっぱり返してって今から言いに行こうか?
彼が言う。私が何か言う前に「いやでもそれ超ダサくない?」と続ける。黒尾先輩が隣にいればどうだっていい私は、やっぱり言葉を返してやらない。

2021/05/15