さんねんごくみのくろおくん | ナノ
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黒尾先輩、女の子の服装はどんなのが好きですか?
私が勇気を出して聞いたって言うのに、彼は「なまえちゃんならなんでもいいよ」と答えるだけだった。可愛い方がいいのかな、ちょっとカジュアルな方が好きなんだろうか。それともやっぱり、黒尾先輩大人っぽいから、綺麗系がいいんだろうか。そうやってひとり悩んでいたって、答えなど導き出せる筈もない。なので本人に直接問うた。で、このザマ。拗ねる私を彼は笑った。
デートの前日、土曜の夜。十分だけ話せない?そんな可愛い文章が届いて、十分でも二十分でも一時間でも、どちらかが眠るまででも構いませんと思う。それらを包んで「私も話したいです」と短い返信。電波を通して届く、身体中を幸福にする大好きな声。顔が見えないから、あくまでもこちらの想像だが、へにゃりと表情を綻ばせているような気がした。

「じゃあなまえちゃんは俺がどんな格好してたら嬉しい?綺麗め?シンプル?カジュアル?」

同じ質問が自身にやってきた途端、言葉に詰まってしまう。なんだっていい、が飛び出しそうになった。それって私が文句をつけた彼の回答と同じじゃん。それに気付いたものの、どこをどう探しても、それ以外の答えが見つけられない。

「……なんでもいいです、黒尾先輩なら」
「ほらぁ、そう言うでしょ?どうすんの、俺が先っぽ尖った靴履いてきたら」
「持ってるんですか?」
「持ってませんけど、なまえちゃんがお望みなら明日までに調達しますよ」
「いいです、しなくて」
「じゃらじゃらチェーン付けて、髑髏がプリントされてるTシャツ着ててもいいの?」
「……黒尾先輩そんな格好しないじゃないですか。プラネタリウムの時もおしゃれだったし」
「またそうやって煽てるし。フィルター掛かってんのよ、キミは」
「煽ててなんか、」
「はいはい、ありがとね。あら、あっという間に十分経っちゃうね」
「あっ、……そう、ですね」
「そんなあからさまにへこまないでよ。また明日会えるじゃん」

楽しみにしてるね、と彼。私、多分その四倍くらい楽しみにしてるよ。彼がくれたネイルカラーで指先を彩って、普段は使わないボディクリームを身体中に塗る。トリートメントだってすぐに洗い流さずにたっぷり時間をおいた。着ていく洋服も選抜済み。黒尾先輩が気付こうが気付かまいが……いや、気付いてくれれば一番嬉しいけれど、彼の隣に居れるのだ。これくらいさせてほしい。彼のことを想い、そうしている時間さえも幸福だから。

「私も、楽しみにしてます」
「ごめんね、急に。声聞きたくなって」
「え?」
「ん?」
「……黒尾先輩、私の声聞きたくなるんですか」
「え?なるよ、なるでしょ、普通に」
「普通に、ですか」
「なまえちゃんはならない?俺の声、聞きたいなぁって時ない?」
「ありますよ」
「なんで怒ってんの」
「そんなの、ずっと聞きたいですもん」
「電話してこないくせに?」
「だって、」
「いいのよ、いつでもしてきなさいよ」
「迷惑、じゃ」
「俺、迷惑?急に電話したいって申し出ましたけど」
「迷惑じゃ、ないです」
「そういうことよ。じゃあね、おやすみ」

思考回路が停止している私に黒尾先輩は「お返事は?」と。おやすみなさい、と虚ろに返す。多分「明日、部活頑張ってください」も添えた筈だ。耳に「うん、ありがとう。おやすみ」が返ってきたから。

* * *


ごめん、部活いま終わった。
ちょっと遅れる、もう家出た?待たせちゃったらごめんね。
私が家を出て、電車に乗ろうと駅に着いた頃。届いた二つのメッセージ。お疲れ様でした。大丈夫です、ゆっくり来てください。ようやく最近「どの絵文字を使って装飾するか問題」であまり悩まなくなった。私も同じ数のメッセージを、適度に彩りを添えて返す。構内をのろのろと歩く。何本か電車を乗り過ごしたって問題なさそうだ。細いプリーツのロングスカートが揺れる。煩わしくて愛おしい。待ち合わせ場所は黒尾先輩のおうちの最寄り駅。ちょっと歩いたところに河原があるから、そこでゆっくり話そうか。寒いかもしんないからあったかくしてきて。彼のお言葉に従い、肉厚なニット。ゆったりとしたハイネックだ。昼間、まして車内だと少し暑いくらい。私は特に面白くもない窓の外の景色を眺めながらゆらゆら揺られ、迷うこともなくそこに着き、ただぼおっと彼を待った。賑わってもいなければ寂れてもいない改札出口。いつもならスマートフォンを適当に眺めたりして時間を潰すのに、そんな気分にさえならなかった。心臓がドキドキ、うるさいのだ。

「なまえちゃん」

大好きな声が聞こえ、パッと顔を上げる。彼と、私の同級生が視界に。

「黒尾先輩……孤爪くん、」
「ほんっとごめん、遅くなった」
「いえ、あの、」
「じゃあね、クロ」
「え、あ、待って。待って、孤爪くん」

そっか、幼馴染か、お礼言わないと。孤爪くん、歩くの早い。黒尾先輩に、言わなきゃ。部活お疲れ様でしたこれっぽっちも待ってないですって言わなきゃ。やることリストが一気に埋まって、私はやや、パニック状態。よかった、今日スニーカーで。ヒールと迷ったんだ。黒尾先輩との身長差が埋まるから、距離が近付くような気がして好きなんだ、ヒール。付き合う前は好きじゃなかったのに。追いかけてくる私がうざったいのだろう。彼は仕方がないを滲ませて立ち止まり、うんざりした顔でこちらを見た。

「孤爪くん、あの、ごめん、呼び止めて。私、四組の、」
「みょうじさんでしょ、覚えてるよ」
「っ、あ、ありがとう。私、ちゃんとお礼言えてなかったから……ありがとう」
「……別に何もしてない」
「何もしてなくないよ、だって、」
「いいって、お礼ならクロにしてもらうから」
「いや、黒尾先輩じゃなくて私が、」
「……あ、そうだ。じゃあ、いい?」
「え?なに?」

孤爪くんがちょっとだけ楽しそうにこしょり、話す。ほんの数分の雑談。痺れを切らしたのだろうか。黒尾先輩が私の隣にやってきて、うっすら笑みを浮かべ「何?俺の悪口?」なんて言う。

「うん、そんな感じ。またね」
「え?なに?まじ?そうなの?」
「えっ、ちが、っ……孤爪くん、気を付けて帰ってね」
「……何に気を付けんの」
「研磨さーん、お気を付けて」

漂っていた「仕方ない」を「ウザい」に変えて、孤爪くんは出口へと吸い込まれていく。黒尾先輩をきょろり、見上げる。

「……お疲れ様でした、部活」
「とんでもない。待たせちゃってごめんね、寒くない?」
「平気です。謝らないでください」
「何話してたの?研磨と」
「あ、えっと……黒尾先輩の連絡先聞いた時お世話になったのに、お礼言えてなかったから、」
「律儀ねえ、相変わらず」

こっち。彼が誘導してくれる。私は言われるがまま、彼の隣を歩く。

「廊下ですれ違ったりするじゃないですか。その時に話しかけようとしたんだけど、あからさまにやめろって顔してたから……話しかけない方がいいかなぁって」
「何それ、ウケる。つーか、研磨何もしてないじゃん。スマホ渡されただけでしょ?」
「でも、孤爪くんいなかったら黒尾先輩の連絡先聞けてなかったと思うし」
「他にもいるでしょ、二年のバレー部」
「私、誰とも仲良くないもん。だから孤爪くんはキューピットなんですよ」
「……研磨がキューピットってすげえ変な感じなんですけど」
「幼馴染、なんですよね?」
「うん。俺がこっち引っ越してきてからね。家が隣なのよ」
「隣……っていうか黒尾先輩、元々こっちじゃないんですか。初めて知りました」
「ふふ、初めて言ったからね」

まぁいいじゃない、そんなことは。それより遅れたお詫びになんかご馳走させて?
駅前、キッチンカー。お腹空いてる?と彼。

「クレープ、甘いのがいい?しょっぱいのがいい?ワッフルもあるけど」

いいです、自分で買うので。それがもう飛び出しそうになったが、きっと丸め込まれてしまうのがわかったのでさっさと降参。イチゴクリームがいいです、と素直に。彼はそのまま私が伝えたメニュー名をお姉さんに伝え、両方持ち帰りで、と自分の分も注文してしまう。キャラメルクリーム。黒尾先輩も甘いもの食べるんだな。飲み物何がいい?までやってきたので、一度閉まった闘争心を取り出す。

「飲み物、私買います」
「いいって、待たせたお詫びなんだから」
「私、この間お待たせしたお詫びしてないです。プラネタリウムの時の」
「女の子はいいのよ、遅れてくるくらいで」
「意味わかんない持論やめてください」
「怒んないでよ」
「私も怒りたくないです。カフェオレでいいですか」
「……はい」
「ホット?」
「うん、ありがとう」
「どういたしまして」

にっこり、笑ってやる。黒尾先輩は呆れたような表情で私を見下ろす。 

「つーか今日も可愛いね、まじで」

きょとん。私は彼の言葉が自分に向けられたものだとは思えず、黙る。その間に頼んでいたものたちが出来上がる。カフェオレとロイヤルミルクティー、どちらもホットです。こちらも持ちやすいようにしてもいいですか?愛想のいいお姉さんから受け取る。イエスの返事をして、心の中で思う。ありがとうございます、お陰様で黒尾先輩と手が繋げそうです。

「もしもーし、なまえちゃん?聞こえてない?もっと大きい声で言いましょうか?」
「…聞こえてます、ありがとうございます」
「ごめんね、俺、制服で。おしゃれしてくれてんのに。一回帰って速攻着替えて待ち合わせ時間ピッタリ!になると思ってたんだけど」
「先っぽ尖ってる靴、履いてくるつもりでした?」
「……履きません、嫌でしょまじで」
「ふふ、私、黒尾先輩がいればそれでいいので」

あぁ、ほんっと、好きだ。十一月、木々は美しいカラーで己を勝手に染めるのだから感心する。絵の具を幾つか混ぜないと作り出せないような、途方もなく美しい色。駅から少し離れれば、ひとけも殆どなくなる。孤爪くんがそおっと伝えてくれた言葉。ねえ黒尾先輩、ちょっと持ってて?温かい飲み物が入った紙袋を彼に渡す。

「黒尾先輩、今日ベストは?」
「え?あぁ、あるよ。鞄の中」
「さっきね、孤爪くん、教えてくれて」
「研磨?」
「悪口言ってたんじゃなくて……ボタン」
「ボタン?」

自由になった私の両手。自由を奪われた彼の両手。彼の腕が自由を得るには、買ったばかりの甘いクレープと温かい飲み物を投げ出さなければないわけで、多分黒尾先輩はそんなことしない。

「急いでくれたって」
「そりゃ急ぐでしょ、なまえちゃん待たせてんだから」
「いつもベスト着るのに今日は着ないし」
「……暑かっただけですぅ」
「本当?」
「本当」
「じゃあ、ボタン掛け違ってるのも……何か理由あります?ファッション?」
「は?」

黒尾先輩は素っ頓狂な声を出す。直していいですか?と問うたが彼は何も返事をしなかった。そのまま何も言わない。私が彼のワイシャツのボタンに触れる。外し、正しいところで留めて、外して、留める。一番下まで留めなかったから気付かなかったんじゃないですか?三個ほど直してやったところで私が見上げて問えば、気まずそうな彼がいて、気まずそうなまま言葉を寄越す。

「……どこで習ったの、そんな技」
「気付いてなかったから」
「赤ん坊じゃないんだから、言ってもらえれば自分で直せますよ」

ぷちん、ぷちん。再び視線を彼の胸へ、腹へ。外して、留める。それを繰り返しながら、彼の主張に意見を。

「でも、嬉しかったから。私も早く会いたかったので……わたしの為に急いでくれたのが、嬉しくて」

はい、できました。
勝手に大満足な私。「ありがとうございました、飲み物持ちます」と提案したが、私の手にやってこない。

「黒尾先輩、私、先輩と手、繋ぎたいです。ダメですか?」

ジトっと、視線。なんなんだ、コイツ。そう思われている気がしたが、これっぽっちも気にならない。数秒の沈黙。黒尾先輩は私にクレープの入った袋を渡す。こっちの方が軽いと思うのでこちらをお持ちいただけますか、とご丁寧に。空いた右手と左手を結ぶ。なんなの、今日。まだ恥ずかしいんだけど。なにこれ、遅刻した罰?そんな彼からの小言も、全く、気にならなかった。

2021/05/09