さんねんごくみのくろおくん | ナノ
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キスのやり方って、みんなどこで知るんだろうか。触れて、離れるだけのキスだ。それでも「触れて、離れるだけ」なんて思えなかった。三度目の口付けの最中、そんなことを思っていると四度目がやってきて、私はまた目を閉じ、何も考えられなくなった。そおっと唇が触れたと思えば、予鈴が鳴る。あと何回、してくれるだろうか。そんな淡い期待を抱いていたのに、見事打ち砕かれ、ギクリとした私たち。あぁもう、五時間目なんて不要なのに。一瞬で離れた彼の唇の熱が、名残惜しくて。

「……スミマセン」
「え?」
「がっついてしまった、申し訳ない」

黒尾先輩は我に返ったのか、何度も繰り返し謝った。そんなの、これっぽっちも問題ないのに。寧ろ、先に強請ったのは私だ。

「そんな、」
「戻りましょうか」
「はい、あの、黒尾先輩」
「なんでしょう」
「あの、好きです」
「はい、僕もです。とても好きです」
「……なんでこっち見てくれないんですか」 
「……照れてんのよ、察しなさいよ」

ほら、行くよ。彼の大きな手のひらが眼前に。握って、いいのだろうか。いっしゅん迷ったが、何度考えたって握りたいわけで、きゅっと掴む。慣れないなぁ、手を繋ぐのも、多分キスも。暫く慣れないだろう。いつもの古ぼけたベンチから立ち上がり、行きたくもない教室を目指す。どうせ五十分間、つまらない授業が繰り広げられるだけだ。

「黒尾先輩、照れるんですか」
「当たり前でしょ、キスなんかしたことないのよ、俺」

キスなんかしたことない?
彼の発した言葉は私の大好きな彼の声で間違いないはずだが、彼の発言だとは思えなかった。揶揄われているだけ?だって、ものすごく普通にしてくれたじゃない?私だけ勝手に心音のボリュームマックスで、彼はいつも通り、何も変わらない様子だったのに。

「……ほんとですか」
「え?言ってたなかったっけ」
「彼女がいないのは知ってましたけど、」
「俺、なまえちゃんが初めての彼女だよ」
「嘘」
「嘘じゃないって、アナタの方が豊富よ?恋愛経験」
「黒尾先輩、モテるのに?」
「俺がいつ、どこの誰にモテたのよ」
「私わかるんです、そういうの」
「どういうのだよ。いや、つーかほら、まじで遅刻するから行くよ」
「やだ、まだ一緒にいたいです」

何も考えず、思いついたことをパッと発した後で気付いた。どうしようもない我儘を口にしてしまったと。口を覆ったって仕方がないのに、そんな仕草をして見せ、ごめんなさいと何度か繰り返す。黒尾先輩はそんな私をきょとんと見つめ、そうだね、もっと一緒にいたいねと、頭を撫でてくれる。

「ごめんね、昼休みくらいしか一緒に居れなくて」
「ちがっ、……ごめんなさい、違うんです」
「え?違うの?」
「そうじゃなくて、……もう、わかってるくせに、ひどいです」
「ごめんなさいね、可愛くてつい」

じゃあ、また来週。
いつもならここで、名残惜しくもすうっと離れられるのに、黒尾先輩は手を振らなかった。それどころか、大好きな手のひらは私と繋がったままだ。そこを一年生がパタパタ、通り過ぎる。この先の理科室で授業を行うのだろう。小っ恥ずかしいが、それよりも多く、嬉しいみたいな感情も持ち合わせていた。いいでしょ、私、黒尾先輩と付き合っているの。とびきり格好良くて、優しくって、自慢の彼氏なの。口には出さないが、そんなことを思い、見知らぬ後輩たちに謎のマウントを取っている。別に彼らも彼女らも、私たちのことなんて気にしていないだろうけど。

「なまえちゃん」
「はい、」
「この間はごめんね。ほんと、ごめん」
「だから、黒尾先輩が謝ることじゃ、」
「もっと言って?思ったこと、全部。俺にできることは喜んでさせていただきますんで。我慢しなくていいからね」

で、俺、次の日曜午後オフなんですけど、どうしますか?
彼が首を傾げて私に問う。コンマ数秒で、頭に浮かぶ。

「したいです、デート」
「急にごめんね、昨日急遽決まってさ。大丈夫?予定ない?」
「ないです、あっても空けます」
「あら、可愛いこと言うじゃない。何かしたいことある?」
「……二人で、いたいです」
「そりゃデートだからね、二人きりですよ」
「おはなし、できればそれで、」
「あとは黒尾先輩にお任せ?」
「はい、いいですか」
「勿論」

はい、それじゃあ授業遅れないようにね。
ぎゅっと力が込められて、離れた。その手のひらがいつものように揺れて、まじでちょっと急ぎなさいよなんて脅され、私は駆け足で階段を上る。黒尾先輩も遅れますよ、と言ったが、彼は私を見送るのだ。なんか、いいのか?本当に。こんなに幸福で、いいのだろうか。

2021/05/04