花巻長編 | ナノ
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「ねぇ、これどこ押すの?」

花巻はかなり、この女の扱いに慣れてきていた。5歳児だと思えばいいのだ。そう思えば物事を知らない事に関しては納得がいく。どこに住んでいるとか、何歳だとか、仕事は何をしているかとか、そんなことはひとまず忘れることにする。

「ん、ここ」
「ここ?」

券売機で切符を買ってやる。電車って大きくて速いね、と。まさに子どもの様な発言は可愛らしいような、苦笑してしまうような。花巻が買い忘れてしまった靴は、男が普段、近所のコンビニエンスストアに行くときに履いているビーチサンダルだ。季節感の全くないそれを履かせるのは申し訳ないと思い謝罪をするが女は笑って言うのだ。いいよって。マッキ―の靴借りてごめんねって、そう笑うからほら、心臓がぐしゃぐしゃになる。

「寒くない?あし」
「ん?へいきだよ。やさしいねマッキ―。上着も貸してくれるし」

昨日、裸で外にいた人間だ。体調はいいようだがまた身体を冷やしてはいけないと、花巻は自身のMA-1を女に羽織らせた。どうやら昨今はこういったぶかぶかなシルエットの物を着用するのも悪くないらしいのでいいだろうと、そんな考えだ。だいたい、世間は自分たちに注目したりしないので、きちんとそれなりの洋服を着ていればそれでいいのだ、と言い聞かせる。

「だぼだぼ」
「さすがにでかいな」
「マッキ―にぎゅってされてるみたい」
「一回もギュってしてませんけどね」

数分電車に揺られ、大きなショッピングモールへ。どこへ連れて行ったらいいのかわからないし、午後から雨が降ると天気予報で伝えていたので屋外は避けた。なまえは大きな建物を見ても大袈裟に騒ぐので、花巻は何だかもう、愛おしく感じてしまうのだった。自分の負けだ、と降参している。

「とりあえず靴買おう」
「え?大丈夫だよ、歩けるもん」
「ぶかぶかじゃん」
「あはは、マッキ―おっきいからねぇ」

カラカラと声を出し、笑う。ずっと笑っているな、と変に関心し、花巻もつられて笑ってしまうのだ。この女と一緒にいたら、ずっとこうなのだろうか。ずっと、こんな風に幸福なんだろうか。そういえばこうして声を出して笑ったのなんて、いつぶりだろうか。

「好きなの選びなよ」
「ん?いいの?」
「いいよ。俺、よくわかんないし」

洋服を選んだ時もそうだったが、近年のレディースのトレンドなど勿論わかる訳もなく。だからといってこの知能不明の女にそれがわかるかどうかと言われれば返答に困るのだけれども。一応自分で自分のものを選んだ方がアンパイだろうと、そんな感じだ。

「ねぇ、マッキ―はどんなのがすき?」
「ん?うん」

どんな靴が好きかと聞かれたって、そんな意見は持ち合わせていなかった。正直どうだっていいがそう発言すると女の機嫌を損ねることは考えなくてもわかることだ。ちらりと店内を見て、その品数の多さにため息をつきそうになるのを必死にこらえた。

「なまえはどんなのが好きなの」
「マッキ―がすきなのがすき」

ふふふ、と。とろけるように笑った女はきっと、何も考えていないからこんなにも美しいのだろう。計算されていない、そこから湧き上がるような美しさ。花巻は一瞬女に見とれるが、相変わらず成立しない会話に疑問を抱き。

「なんかないの、具体的に」
「ん〜…そうだなぁ」

女もモノに対して執着がないようで、花巻が望むような解答を口にすることはない。しかしこの女も少々ではあるが空気が読めるようで。何か意見を発しなければならない状況だという事を察する。

「マッキ―と、おんなじのがいいな」
「は?」
「マッキ―のと、おんなじのがいい」

花巻はごくごくありふれた、そこそこ巷で流行っているスポーツブランドのスニーカーを履いていた。無機質なグレーである。こんなんでいいのか、と意表を突かれた。大抵、女と言うのは高いヒールのキラキラしたようなものが好みだと思っていたから。

「いいの、こういうのじゃなくて」

その辺の女が履いていそうな所謂パンプスの様な物を指さしそう問いかけてみる。なまえのレスポンスは早かった。

「うん、いいの。ヒールつかれるから」

コンビニは知らないくせに、ヒールは知っているのか。いったいどこに知識の線引きがされているのか実に興味深いと思う。じゃあ、と花巻は自分の履いているそれと同じメーカーのもので似たようなデザインを探し、なまえに合うサイズを出してもらうよう店員に依頼をする。女は相変わらず、とても楽しそうで。

「ご機嫌ですね」
「うん?」
「楽しい?」
「うん、マッキ―と一緒だと楽しい」

そりゃよかったと、花巻は独り言のように呟き、なまえと店員がやり取りする様子を一歩引いて見ていた。傍から見た彼女はどう映っているのだろうかと、興味深かったのだ。女は花巻の方へチラチラと視線を寄越すし、勿論花巻もそれには気付いていたが気付かないフリをする。女は委縮し、首を縦か横に振り、意志を表しているようだ。よくわからない人見知りだなぁと変に関心し、いじめるのを止めてやる。

「なまえ」
「…マッキ―」
「決まった?」
「うん、ねぇ」

そばにいてよ、と蚊の鳴くような声で言う女。なんだ、可愛いところあるじゃないかって男は嬉しくなってしまって。ごめんごめんと、女の頭を撫でてそう言ってやる。その花巻の手のひらにすり寄ってくる女は人に慣れた猫のようで。あぁこいつもしかして鶴の恩返し的なヤツなのか?いや、人助けなんてしてねぇかと、花巻は一人、脳がイカれてしまったのか、そんな風に考えていた。

「わたし、お金あるよ?」
「は?」

会計を済ませようとした時、女はふと思い出したようにそう言った。花巻の貸したMA-1のポケットからは十数枚の福沢諭吉。男も驚いていたが、店員も驚いていた。花巻は様々な疑問を抱きながら、とりあえず自分自身と周りを落ち着かせるために言う。

「俺払うからいいよ」
「でも、わたしのだよ?」
「いいって、俺が買えって言ったんだから」

あまり納得していないようだが、なまえは花巻の指示に従い、紙切れをポケットへ戻す。なんでだよ、素っ裸で外にいたくせに、どこに金なんか隠し持っていたんだよ。男の頭の中では次から次へと疑問が湧き出るが、そもそもこの女の存在自体が疑問なのだ。気にしたってあまり意味はないし解決しないとわかっているが、それでもやはり。

「マッキーとおそろいだ」
「正確に言えばお揃いではないけどね」
「ありがとう」
「どういたしまして」
「仲良しみたいね」

嬉しい、とにっこり笑いその辺を無駄にちょろちょろと歩く。まさに5歳児。花巻はそう思って女の柔らかい手を握ってやる。

「マッキー、手、おっきい」
「男の子ですから」
「ねぇマッキー、お腹すいた」

わからないことばかりだが、どうせこの女に聞いたってわからないのだ。マッキー、マッキーとやかましい女。だからなんで俺の名前知ってんだよ。そもそもその問題も解決していないじゃないか。

「なに食う?」
「おいしいの」
「はいはい」

キュっと絡んだ指先を悪くないと、ほとんど同じようなスニーカーをなかなかいいじゃないかと、そう思う男はこの訳のわからない女に多少惹かれているのだから、もう全然、訳が分からないと思った。まぁいいか、幸福だから。

2017/01/03