花巻長編 | ナノ
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どうしようか、と頭を抱えた。広い店内で、こう悩む前は清々しい気分でいっぱいだったというのに。それはきっと、普段鬱憤を溜め込んでいる上司に対して横柄な態度を取ったことから得られる優越感か、それとも何年ぶりかにする真昼間のデートのせいか。いずれにせよとても素晴らしい心境だったのに。

花巻は「どこにも行かないでよ」と、こちらの都合も考えず気の赴くままに発言するなまえを部屋にどうにか残し、オープンの時間に合わせて最寄りの実用衣料店へ。そこであの女の洋服を選ぼうとしたが、どうも花巻は適当に選ぶことがあまりできないタイプなのだ。雰囲気で、とかその場のノリで、というのが学生の頃は比較的得意だったはずなのだが、年齢を重ねるとそういった無鉄砲というか、悪く言えば計画性のない行動に嫌気がさし、慎重かつ優柔不断になってきているように思う。女々しくなった、と言われればそれまでだが、歳をとったんだなぁと自身に落胆もする。久しぶりに訪れたそこに陳列されているのは、意外にも色やデザインが豊富な洋服たち。客を受け入れたばかりの店内。ましてや平日なので客足はまばらで、だからこそ自分のようなそれなりの年齢である男が1人で、レディースのコーナーにいるのは控えめに言っても不審者であるとしか思えない。尚且つ、優柔不断な花巻のことだ。すぐになんて決定できない。ましてやレディースである。自分の洋服だってそれなりに頭をなやませるというのに、普段触れない領域であるこのコーナーで即決をするなんて無茶であった。そして1番困惑したのは言わずもがなであるが、下着のチョイスである。とりあえず何よりも周りの目が気になりすぎて挙動不審なその様子はもう怪しい人物以外の何物でもない。加えて一般的な成人男性よりもぐぐぐと背丈のあるこの男は余計に、異様なくらいに目立っていた。そのネガティブな思考もあいまって、やばいやばいと、いい年をした大人が狼狽えているのだ。サイズだとかアンダーとか、もうさっぱりなのでもう適当に、むしり取るように目に付いたものを買い物カゴにぶち込んで、長い足を精一杯せかせかと動かし、レジへとそれを持っていく。若い女の店員は若干怪訝な顔で花巻を見ているような気がして、男は心の中で唱えるのだ。違いますよ、そんな性癖はありませんよ、と。まぁそんなことは花巻の気のせいであって、店員の方はほとんどなにも気にしていないのだが。
はぁと溜息を1つ。うんざりしながらそれらが詰め込まれたショップの袋を持って帰宅すると、絵に描いたように頬を膨らませた女が花巻を待ちわびていた。男は女のその行動をあざといとも思うが、容姿端麗な女なのでそれはそれでいいかと、もうそう思えるようにもなった。これも大人になったから、なのだろうか。

「マッキーおそい」
「…誰の洋服買いに行ってたかわかってんの」
「んふふ、ありがとう」

なまえは花巻が差し出したものを笑顔たっぷりで受け取り、衣類を雑に取り出す。身につけ方があまりわかっていないような様子ではあるが、それらを着用しだそうと試行錯誤している感じだ。元々身につけていたスエットを元気よく脱いでしまうので思わず視線を逸らしたが、やっぱり気になってしまい花巻はそれを横目でチラリと観察する。すぐに無事に下着を着けている様子が見て取れたので、視線をやるのをやめた。つけ方がわかっているならそれでいいのだ。それがクリアできればそれでいいのだ。あとはどうにでもなる。肩の荷が下りた感じだ。そう言うのは少し大袈裟だろうか。

「マッキーさぁ」
「なに」
「好きなの?」

女は楽しそうに着替えながら、近くにいるというのに比較的大きな声で花巻を呼び、問いかける。相変わらず主語のない話し方なのでなにが言いたいのかすぐにわからず、素っ気ない返事しかできない。

「…なにが」
「下着、くろ」
「は?」

からかうような、ざまぁみろとでも言いたげなその表情。なまえは純粋にそれが気になって聞いてみただけだが、花巻からしてみればわけのわからない問いに顔をしかめるしかない。何でそんなことを面と向かって聞くのだ。理解しかねる。

「わー、怒ってる〜」
「怒ってま、せ、ん」
「すごいねー、サイズなんでわかったの?」

直感です、と答えようと思ったが正直この状況と会話に疲れ切っているのでもう無視をすることに徹した。肌の白い女が黒い下着を着ける。それは花巻の好みであるしそそられもするが、そんな性癖をこんな昼間っから告白する勇気も元気もない。そんな花巻を差し置いて、癖のない洋服をゆっくりのんびり洋服を着用したなまえは、どこにでもいる、どちらかと言えば美しい女になった。つまらないライトグレーのニットと、いま流行っているらしい細いプリーツがたっぷり入ったスカート。こちらは色を選ぶのにたっぷり悩んでしまったのでヤケクソになりブラックを購入したが、組み合わせとしてはそんなに悪くなさそうだ。

「ねぇマッキー、かわいい?」

くるん、と決して広いとは言えない部屋の中心で一回転しスカートを膨らませる女は、大袈裟でもなんでもなく輝いて見えた。どんなに高級な宝石だって、趣向を凝らしたイルミネーションだって、この女には敵わないと、そう思える花巻は多分もう、なまえをほんのりと愛していた。きっかけなんてないだろうけど、きっと。

「うん、はいはい」
「はいはい、じゃなくてさ」

なまえは、ハッキリと言葉を発しない花巻にほんのりと苛立っていた。花巻はすぐにその殺気を感じ取り、どこまでいっても女は怒らせると面倒だと深く再確認するのだ。早めに手を打つに限る。

「かわいいよ」
「え?」

なに、もう一回、と。女はわくわくとした表情で花巻を見つめる。こんな一言はなんだって言うんだ。大それた価値のないそんな言葉で喜ぶならそれでいいと、そうも思う。

「かわいいよ、かわいい」
「本当?」
「うん。かわいい」
「んふふ、マッキーもかっこいいよ」

とろんと幸せそうに笑う女は、まるで寒い冬の日のホットミルクのようで、花巻の荒んでしまった心をじわじわとあたためる。こんなに混じり気のない、裏のない女の笑顔をみたのは大人になってから初めてなのではないだろうか。自分がどう映っているのかなんて全く気にしていない、純真無垢なそれに、男はしっかりと見惚れていた。ほら、行くぞと、自分の照れを悟られないように女の手首を掴んで玄関に引っ張るのだ。

「…あ、」
「ん?」
「靴」
「くつ?」
「…靴がねぇ」

あぁ、もう、なんだ。あぁ、まぁ、いいか。

2016/12/08