ギルギルギルティ | ナノ
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「え?!これ乗る?!」
「え、あぁ、まぁ、はい」

さすが大都会・東京。時刻表なんて必要ない。数分突っ立ってスマートフォンでも弄ってりゃ、次の電車がやってくる。そんなことはずっと前からわかっているし、慣れたはずだったのに。いくら何でも早すぎるのではないだろうかと、怒りに近いものが込み上げる。やっと追いついたと思ったら、この子が乗るであろう電車がホームにやってくるという旨のアナウンスだ。焦った私は早口で自己紹介をする。

「私、みょうじっていうんですけど」
「黒尾です」
「ねぇお礼…お礼したいから、ごめんね本当に、わざわざ降りてもらったりして、あの、私の携帯、」
「みょうじさん、ちょっと落ち着いて」
「だって電車いっちゃう、」
「いいよ、また次のやつ乗れば」

慌てふためく私がよっぽど滑稽だったのか、黒尾くんの言葉に堅さがなくなった。半笑いで私を宥める男の子と、精一杯狼狽える私。比喩でも何でもなく、ハタから見たらどちらが歳上かわからないだろう。いや絶対わかるんだけど。そういうことじゃなくて、こう、精神的な面で、というか。あぁ、もう、頭が全く、動いてくれない。どうするのが正解なのか見出せないまま、電車からたくさんの人が降りてくる。一応、よくないよと言ってみるが黒尾くんが車両に乗り込むことはなく、ドアが閉まります、ご注意くださいと駅員の放送が聞こえて。

「…ごめん、ほんっとごめん」
「いいですって、そっち座ります?」

たった今、このホームを発車した電車から降りた人間は改札に向かうし、電車を待っていた人間は黒尾くん以外みんなキチンと乗り込んだから、辺りは結構、静かだった。シンとしているわけではないのだが、何だろう、もしかしたら単純に、私がとても、緊張しているからそう思っているだけかもしれない。

「…ごめんなさい」
「大丈夫ですって。もうやめましょう、謝るの」

最近の新入社員よりも気が利く高校生の男の子に、私は完全に、面食らっていた。あ、いやいや、前言撤回、今の発言はなかったことに。このご時世、パワハラと認定されてしまったら、こちらは言い訳を述べる権利さえもないから。私から出てくるのは謝罪の言葉ばかりで、もっと別に話さなくてはならないことがあるのに、それらが飛び出してくることはなく。

「なんか…色々…ごめんね、申し訳ないです」
「なんで急に敬語なんですか」
「しっかりしてるね、黒尾くん」
「そうですか?」
「うん、私なんかよりずっと大人っぽい。三年生?」
「はい、いま高三です」
「そっか、」

コウコウサンネンセイ。その言葉が外来語のように聞こえてしまって、自分と幾つ離れているんだ?なんて、考えるだけで気が遠くなる。計算するのは悲しすぎるからしないでおいた…けれど、頭に電卓を浮かべるほど難しい問いではないので、計算せずとも答えは出ている。ななこ。片手で数えることができない数だ。これが、私と彼の歳の差だ。

「今更なんですけど、お礼とかいいですよ」
「敬語いいよ、使わなくて」
「あぁ、どうも」
「私が何かしたいんだけど…でも、私とご飯食べても楽しくないもんね」
「そんなこと思ってないし反応に困るんで自虐ネタやめてもらっていいですか?」
「え、いや、自虐とかじゃなくて。私、七個も上だし」
「つまんないのはみょうじさんだと思うけど、こんなガキと飯とか」
「やめて、自分が惨めになるから」
「なんでよ」
「どこがガキなの、大人っぽいよ、黒尾くん。人間出来上がってるよね」
「そんなこと初めて言われましたけど」
「嘘、今の高校生ってみんなこんな感じなの?」
「今の高校生って…そんなこと言うけどさ、実際、みょうじさんもそんな変わんないでしょ」
「変わるよ、七個だよ?七個。小学校も被ってないんだからね?」
「はい」

前触れもなくぶつりと途切れた会話。視線が、合う。黒尾くんは私にスマートフォンのディスプレイを見せてくれた。QRコード。メッセージアプリのやつ。

「電車、くるから」
「え?!嘘、ごめん、また気付かなかった…」
「いや全然、つーか俺も図々しくすみません」
「なにが?」
「え?いや、なんつーか、こんなことしたら拾ってやったんだからお礼に何かしろよって言ってるようなもんじゃないですか」
「いいんだよ、黒尾くんはそれで。ねぇそれよりさ、これ読み取るのってどうやるんだっけ」
「は?まじで言ってんの、みょうじさん」
「あんまり使わないんだもん、これ押すの?」
「ちげーし、こっち」

黒尾くんは私のそれをスルスルと操作し、求めていたものがものの数秒で私の手の中へやってくる。良かった、と安堵したのも束の間。じゃあ俺行くね、と彼が立ち上がるから、私も立ち上がって、なぜか名残惜しいに近い感情がふつふつ、湧いていて。

「ごめんね、時間もらって」
「もういいって、面白かったし」
「またね、気を付けてね、帰り」
「みょうじさんもお気を付けて。誕生日おめでとう、おやすみなさい」

連絡待ってるねと、そう聞こえた気がするが駅のホームはやかましくて、何よりそんなことを言われるはずがないから。だってあの子、高校生だよ?私と七つも歳が違って、向こうは学生で、私は社会人で、住む世界…は一緒だけど、カテゴリーが違うというか、だいたい二人で食事に行くって言ったって…。そんな答えの出ないあれこれを永遠と繰り返しながら私は黒尾くんを乗せた電車をキッチリ見送り、数十分前にスタスタと通り過ぎた駅構内をちんたら歩いた。出会ったばかりの、高校生の男の子のことを考えながら。

2018/10/19