ギルギルギルティ | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
誕生日くらい、満員電車から解放してはくれないだろうか。いつも通りの朝、いつも通りに出社、いつも通りの仕事にいつも通りの味が薄い社食のランチ。いつもより疲労が蓄積されているような気がするのは、あの友人からの突然の連絡のせいだろうか。それとも単純に加齢が原因だろうか。
物に罪はないと、そう言い訳をして使い続けているのは元彼氏がプレゼントしてくれた腕時計だ。別れた途端にデザインが崩れたりしないのが有り難い。相変わらず自分好みなそれの短針は八、長針は二を指している。これから帰って夕飯をー…とてもじゃないが作る気になんてなれない。コンビニに寄ってしまおうか。いやでもこの間の休みにまとめて買った葉野菜が冷蔵庫の一番下でへろへろになっているのだ、救済してやらねば。挽肉も少し残っていたし、あぁ、本当、面倒臭い。洗濯は明日でいいか、料理だけして…今日こそ湯船に浸かろう。一日の終わりの流れを考えつつ、電車の窓から、すっかり秋になった東京を眺める。つまらない景色だ。上京したての頃はこうやってガタンゴトンと揺られているだけでわくわくした。大学進学とともにこちらへやってきて、薄っぺらいオトモダチがたくさんできて、初めての彼氏と初めてのデート。例えでもなんでもなく、キラキラしていた。スパンコールでも振りかけたみたいな毎日だったのに、今はただの作業と化している。キラキラ?冗談じゃない、壁も床も天井も真っ白い部屋の真ん中にポツンと立たされているような感じだ。右を見ても左を見ても何にもない。上も、下も同じ。つまらないとさえ感じない、何でもない毎日。

「あの、」

最寄駅、出口に向かってツカツカと足を動かす。声を掛けられているのが自分だと気付くまでに、何度声を飛ばしてくれたのだろうか。改札を出る前で漸く私は歩みを止めた。というか、止めなくてはならなかったのだ。定期券がないからだ。もっと詳しく言えばカードケース自体が見当たらない。保険証も社員証も一緒にしまわれているアレがないのだ。いつもバッグの小ポケットに入れておくのに。入れそこねて底に沈んでいるのだろうか。ポーチやら財布、水筒なんかを掻き分けてガサゴソ、漁っていた時だ。今度は正面から声がする。

「お姉さん、すみません」
「は、はい」
「あの、これ、」

見覚えのない人物にギョッとした。だって、とっても若かったのだ。というか、若いという概念からはみ出ている。私のことを「お姉さん」と呼ぶ目の前の男の子は、制服を纏った高校生だったから。差し出されたものを見て、この子が急に声をかけてきた理由を察する。いつの間にどこに落としてしまったのだろうかと自分の行動を振り返るがイマイチ、ピンとこない。

「お姉さんのですか?」
「あ、はい、そうです。すみません、ありがとうございます…」
「いいえ。すみません、ちょっと中見ちゃいました」
「あぁ…大丈夫です、そんな」
「お誕生日なんですね、今日」
「え?」

思っても見なかった言葉が聞こえて、声の主を見上げる。白いワイシャツにブラックのベスト、羽織っているのはネイビーのブレザーで、赤いネクタイは適度に、程よく緩く結ばれている。背が高い、百八十センチ…いや、もうちょっとあるかも。身近にはいない背丈だった。

「なんで…」
「え?」
「誕生日」
「あぁ、すみません。ちょっと中、見ちゃったんです。多分お姉さんのだと思ったんですけど、違ったら嫌だから」
「…保険証」
「はい、すみません。悪用しないので」
「いえ…ありがとう、ございます」
「どういたしまして」

この子の話している言葉はキチンとした敬語ではあったが、馴れ馴れしさみたいな…(というと非常に良くないイメージだろうが)それに近いものがあった。親しみやすさと、初対面だとは思えない距離感。たどたどしいなんて言葉は無縁。歳上の人間と話すことに慣れているようだ。高校生って、なんかこう、もっとチャラチャラしてるもんじゃないんだろうか。ノリと勢いで生きているんだろうと勝手に思っていたのに、目の前にいる男子高校生はそんな言葉とは無縁のように思えた。見た目的に、結構、ヤンチャだと思うんだけど、この子。

「じゃあ、俺はこれで」
「え?」
「え?」

改札と反対側に向かう彼にまさかと思って質問。ちょっと待ってよ、わざわざ…いや、そんなわけないって。私なら見て見ぬ振りしちゃうもん。

「えっ…降りる駅、ここじゃないの」
「はい、あと三つ先です」
「えっ、…え?わざわざ降りたの、これの為に」
「え?いや、まぁ…わざわざ降りた、とは思ってないですけど」

お姉さんそれないと困るかなと思って。
そう言うと彼は本当に踵を返して行ってしまう。ちょっと待ってよ、いい子すぎない?親御さんは一体どういう教育をしてくださったのだろうか。改札口近くで呆然とする私に振り返って、そして。

「おめでとうございます。よかったです、届けられて」

小さく手を振って、ぺこりと頭を下げて、いま私が這い出てきた駅のホームへと向かっていく様子を数秒見つめて、ハッとして。
冷蔵庫の最下層で眠っている野菜たちのことなんか忘れて男の子を追いかけていた。足、長い。お尻、小さい。いやいや、そうじゃないんだってば。人が疎らなのをいいことに階段を駆け下りる。久しぶりに走ったせいであっという間に乱れた呼吸。この子は部活でもやっているのだろうか。馬鹿でかいエナメルバッグの紐を掴んで、ちょっと待ってって、そう口にしていた。

2018/10/17